宇宙産業を裏から支える「世界シェア25%の揺らし屋」。IMVが築く、失敗を地上で潰す信頼性インフラ
2026.08.21

振動試験装置、受託試験、リアルタイムソフトウェア——宇宙機を「一発で成功させる」ためのハード×ソフト構造論
文:大野泰敬(「SETAGAYA TECH JUNCTION」パーソナリティ)
量子計算、宇宙開発、次世代医療、生命科学、ロボティクス、高度センシング——新産業の起点となる最先端技術の産業実装を論理的に解剖し、ビジネス創出の知見を発信するテクノロジートーク番組「SETAGAYA TECH JUNCTION」。
今回のテーマは、宇宙機を打ち上げる企業ではなく、打ち上げる前に「壊れないこと」を証明する企業である。ロケットや人工衛星が受ける振動、衝撃、音響、温度変化、電磁ノイズを地上で再現し、宇宙へ送り出した後の致命的な不具合を事前に潰す。IMV株式会社は、この信頼性評価という見えにくい産業基盤を担ってきた。
スタジオに迎えたのは、IMV株式会社 テストラボ事業本部 宇宙戦略室 室長兼事業企画課長の寺田祐典氏と、営業本部営業部 東京営業所 係長の寺原龍治氏である。番組パートナーは、株式会社セックで宇宙機・宇宙ロボット向けのリアルタイムソフトウェア開発に携わってきた松久孝志氏。振動試験の現場、装置とエンジニアを一体化した事業構造、そしてハードウェアとソフトウェアを貫く「失敗させない技術」の論理を明らかにする。
課題構造の再定義:なぜ振動試験は宇宙産業のボトルネックなのか
宇宙開発において、最も高価なのは失敗そのものではない。失敗を発見するタイミングが遅れることである。地上で見つかる不具合は修正できるが、軌道上で見つかった不具合は、機体の喪失、ミッションの中断、開発投資の毀損へ直結する。
ロケットの打ち上げ時には、エンジンの燃焼、機体を包む巨大な音、空気抵抗、構造体の共振、段分離の衝撃が短時間に重なる。人工衛星はその環境を耐え抜いた後、初めて軌道上で本来の仕事を開始する。宇宙機にとって振動試験は、完成後の形式的な検査ではない。事業化と打ち上げ可否を決める品質ゲートである。
IMVでは、宇宙機の試験について「失敗できない試験が多い。なぜなら、衛星を何個も何個も作れない」と捉えている。

IMV株式会社の大阪本社に新設された多目的試験所。
自動車のように多数の試作品を用意し、壊しながら限界を探る開発モデルは取りにくい。宇宙スタートアップや大学が持ち込む試験体は、実際に宇宙へ飛ばす一機である場合も多い。試験で過負荷を与えて機体を壊せば、検証の失敗では済まない。事業計画そのものが止まり得る。振動試験には「壊れる条件を探すこと」と「試験によって壊さないこと」という、相反する要求が同時に課される。
IMVの事業構造は、この難題に対して三つの機能を組み合わせている。売上の約70%を占めるのが、動電型振動試験装置の製造・販売、点検、修理を担う装置事業。約20%が、自社ラボで顧客の試験を引き受ける受託試験。残る約10%が、振動計測器や地震計などの計測事業である。主力の動電型振動試験装置は世界シェア25%、国内シェア60%で、ともに首位に立つ。
ここで重要なのは、世界シェア首位という結果だけではない。装置をつくる企業が、自ら試験を引き受け、計測データまで取得する構造にある。装置販売で得たハードウェア知見、受託試験で得た現場知、計測事業で得たデータ知が循環し、次の装置設計と試験条件へ戻る。IMVの競争優位は、一台の機械の性能ではなく、失敗を地上に閉じ込める学習ループにある。
シミュレーションの限界と「4つの揺らし方」が生む実地知
製品開発のデジタル化が進むほど、シミュレーションへの期待は高まる。しかし、宇宙機の信頼性を計算だけで保証することはできない。製造誤差、ねじの締結状態、配線の動き、複数部品の干渉、微細な共振は、現物を組み上げて初めて表面化するからである。
IMVでは、シミュレーション上なら「針の上にピンポン玉が乗る」ような理想状態が成立してしまうと例えている。
しかし、現実にはそのまま静止しない。解析は不要なのではない。解析で仮説をつくり、実機試験で確かめ、差分をモデルへ戻す往復が必要なのである。シミュレーションか実物かという二者択一ではなく、両者を反復することで初めて、次の案件にも転用できる試験ノウハウが蓄積される。
その検証を支えるのが、正弦波、ランダム波、衝撃、6自由度という異なる試験方法である。正弦波試験は、一定周期の揺れを与え、特定の周波数で構造物が大きく反応する共振点を探る。ランダム波試験は、多様な周波数が混在する不規則な振動を再現し、打ち上げ時の複雑な環境へ近づける。衝撃試験は、分離や作動の瞬間に加わる短時間の大きな力を検証する。6自由度試験は、前後・左右・上下の三方向と、ロール・ピッチ・ヨーの回転を組み合わせ、単軸試験では見えない相互作用を表面化させる。
試験で確認するのは、部品が割れるか否かだけではない。ねじの緩み、コネクターの接触不良、基板の亀裂、配線の擦れ、センサー値の乱れ、制御系の誤作動までを含む。構造体が形を保っていても、通信や制御が止まれば宇宙機としては失敗である。したがって、振動、衝撃、音響、温度、EMCを個別の検査項目として処理するのではなく、運用環境を模擬する一連のシステム評価として設計する必要がある。
そして、装置の出力が大きくなるほど、正確な制御は難しくなる。試験体の重量、形状、固定治具、センサー配置によって挙動は変化する。IMVでは「装置があるからできるわけではない。装置に加え、それを制御できる専門のエンジニアがいて、正しい評価ができる」と考えており、装置と人の技術を一体で捉えている。
振動試験装置は、購入した瞬間に価値を生む完成品ではない。試験条件を設計し、波形を制御し、異常の兆候を読み、停止判断を下す人材と結びついて初めて機能する。IMVが販売しているのは加振力だけではなく、過酷な環境を安全に再現する判断能力である。
装置売り切りを超える垂直統合:DSS×TSS×MESの事業論理
ディープテック企業が陥りやすい罠は、優れたハードウェアをつくれば顧客課題も自動的に解決すると考えることである。振動試験の現場では、装置性能が高くても、どの条件で、どの方向から、どの時間、どこを計測し、何をもって合格とするかが決まらなければ評価は成立しない。
IMVは、装置の製造・販売を担うDSS、受託試験と技術支援を担うTSS、振動・地震計測を担うMESを組み合わせ、顧客の信頼性評価プロセスを上流から下流まで覆っている。装置を持てない企業にはテストラボを提供し、装置を導入する企業には試験条件や計測方法まで伴走する。保守や修理を通じて長期運用にも関与する。この垂直統合によって、単発の設備投資を継続的なデータ蓄積と顧客接点へ変換している。
営業本部でJAXA筑波宇宙センターや宇宙スタートアップを担当する寺原氏は、「受注やゴールから考えてどう動くか。お客様のためになっているか」と常に意識しているという。
大型装置や特殊機では、受注後も顧客、代理店、工場、試験所の調整が続く。装置を納めれば終わりではなく、顧客が必要な試験を完遂し、製品を次の開発段階へ進めるところまでが営業の成果となる。「結果、数字」を重視する寺原氏の姿勢は、短期的な受注額だけを追う営業論ではない。顧客の最終ゴールから逆算し、社内外の機能を束ねるプロジェクト営業の論理である。
受託試験は、宇宙産業の参入障壁を下げる機能も持つ。振動試験機、熱真空設備、EMC設備を自前で揃えるには巨額の投資が必要となる。設備を持たないスタートアップや大学でも、試験所とエンジニアの知見へアクセスできれば、打ち上げに必要な検証へ進める。これは単なる設備レンタルではない。高価な固定資産と専門人材を共有資産化し、産業全体の開発速度を上げるインフラ事業である。
さらに、試験で不具合が見つかることは開発の敗北ではない。宇宙へ送り出す前に修正可能な弱点を発見したという意味で、試験の成功である。IMVのテストラボは、合否を判定する場所であると同時に、設計を強くする知識生産の場所でもある。
環境試験を国家インフラへ:宇宙戦略基金とセックのリアルタイム技術
宇宙産業が拡大するほど、環境試験は個社の品質管理を超え、産業全体の供給能力を左右する。衛星メーカーが増えても、試験設備、試験場所、専門人材、共通手法が不足すれば、開発は試験工程で滞留する。IMVが宇宙分野で向き合う課題も、「人、場所、ノウハウ」に集約される。
IMVは、JAXAの宇宙戦略基金における「宇宙機の環境試験の課題解決」で代表機関に採択された。寺田氏は、補助額42億円、総事業費57億円規模のプロジェクトを統括する。目標は試験設備を増やすことだけではない。振動・衝撃、熱真空、音響などの評価技術を高度化し、試験手法の共通化、人材育成、利用アクセスの改善を進めることで、環境試験そのものを日本の宇宙産業の共通基盤へ引き上げることにある。
採択までのプロセスも、同社の組織特性を象徴する。一次選考の資料は経営戦略部門と技術部門が何度も書き直し、最終的にA4で約100枚へ達したという。最終選考では宇宙業界の専門家から多角的な質問を受け、必死に応答した。
寺田氏は、「誰もやれないことをやる。社内で自分以外の誰かができるのであれば、その仕事は渡し、誰もやっていないことに挑戦する」という考えを大切にしている。
この姿勢は、ニッチ市場で世界首位を取る企業の人材配置論でもある。既存業務を抱え込むのではなく、再現可能な仕事は組織へ移し、未解決の課題へ人的資本を振り向ける。長年の装置技術を、国家規模の試験インフラ構築へ拡張するための組織的条件がここにある。
一方、宇宙機の信頼性はハードウェア試験だけでは完成しない。セックが強みとするのは、予測困難な入力が発生しても、定められた時間制約の中で処理を完了させるリアルタイム技術である。これは単に計算速度が速いという意味ではない。センサー読み取り、通信、姿勢制御、熱制御など複数の処理を並行させ、重要度に応じて優先順位を切り替え、緊急事態には即応する。限られた計算資源の中で、締め切りまでに正しい結果を返す決定論的な制御である。
セックは、宇宙機や宇宙ロボット向けのソフトウェア開発で、実機が存在しない段階からシミュレータを用いて制御ロジックを検証し、異常系を含む多数の条件を洗い出してきた。セックの技術者も、衛星の運用中に不具合が起きればミッション全体が損なわれる危険性を指摘している。この危機感は、IMVの振動試験と完全に重なる。
IMVは、強い振動や衝撃を受けてもハードウェアが機能を保てることを確かめる。セックは、予期しない入力や限られた資源の中でもソフトウェアが時間内に正しく応答することを確かめる。両社の技術領域は異なるが、共通する経営資産は「不確実性を事前に検証可能な形へ変換する能力」である。宇宙機の競争力は、機体性能だけでなく、ハードとソフトを横断して失敗条件を潰せる検証基盤によって決まる。
ディープテック実装に向けた3つの示唆
IMVの事業構造とセックのリアルタイム技術から導かれる、宇宙・ロボティクス・高度モビリティなどのディープテックを産業化するための示唆は、次の三点に集約される。
1. シミュレーションと実機試験を競合させず、学習ループとして統合する
解析は仮説を高速につくり、実機試験はモデルから漏れた現象を発見する。両者の差分を次の設計へ戻す仕組みこそが、再現性のある技術資産となる。デジタル化が進むほど、現物試験の価値は低下するのではなく、モデルを現実へ接続する校正機能として高まる。
2. 製品単体ではなく、専門人材と運用ノウハウを含むサービスとして設計する
高度な装置ほど、導入だけでは成果へ結びつかない。条件設計、制御、計測、停止判断、解析までを一体化し、顧客の最終ゴールから逆算して提供する必要がある。IMVのDSS・TSS・MESの垂直統合は、ハードウェア企業が売り切り型から知識集約型へ移行する一つのモデルとなる。
3. 評価設備、データ、標準、人材を産業の共有資産へ変える
ディープテック市場の拡大局面では、開発企業の増加だけでは不十分である。試験設備と専門人材がボトルネックになれば、産業全体の成長は止まる。試験方法の共通化、設備アクセスの開放、データの蓄積、人材育成を同時に進めることで、個社の競争力を市場全体の供給能力へ変換できる。
パーソナリティーが感じたこと——「失敗をなくす」のではなく、「失敗を地上に閉じ込める」

今回の議論を通じて私が最も強く感じたのは、宇宙産業の強さは、打ち上げ回数や機体スペックだけでは測れないということである。失敗を早く見つけ、修正し、再び試せる環境をどれだけ持っているか。そこに産業の学習速度が表れる。
振動試験で不具合が見つかることは、ネガティブな結果ではない。軌道上で取り返しのつかない事故になるはずだった失敗を、地上のデータへ変換できたということである。IMVの「揺らす技術」は、単なる品質検査ではなく、失敗を知識へ変える装置である。
同時に、ハードウェアが壊れないだけでは宇宙機は動かない。セックのリアルタイム技術が示すように、異常や遅延を前提としても、ソフトウェアが時間内に正しく判断し続ける必要がある。これから重要になるのは、振動、熱、電磁環境といった物理試験と、制御ソフトウェアの異常系試験を別工程として分断せず、システム全体の信頼性として接続することである。
IMVは「地味なBtoB企業」と自らを位置づけながら、世界を支える技術を持つ。宇宙産業を本当に強くするのは、華やかな主役だけではない。揺らして確かめる人、限界条件を設計する人、データから異常を読む人、締め切りまでに正しい制御を返す人、そして試験環境を次の挑戦者へ開く人である。見えにくい技術と人材を産業インフラとして蓄積できるか。その成否が、日本の宇宙ビジネスの持続性を決める。
