登録約4万4,000人の「宇宙データの入口」。Tellus Globalが拓く、宇宙を「使う情報産業」

衛星データ、国産クラウド、Geo FM——増え続ける地球観測情報を社会の意思決定へつなぐプラットフォーム戦略
文:大野泰敬(「SETAGAYA TECH JUNCTION」パーソナリティ)
量子計算、宇宙開発、次世代医療、生命科学、ロボティクス、高度センシング——新産業の起点となる最先端技術の産業実装を論理的に解剖し、ビジネス創出の知見を発信するテクノロジートーク番組「SETAGAYA TECH JUNCTION」。
今回のテーマは、宇宙へ何を打ち上げるかではなく、打ち上げた衛星から届く情報を社会でどう使うかである。ロケットや人工衛星の数が増えるほど、地球を観測するデータも膨らむ。しかし、そのデータを保管し、解析し、既存の事業へ組み込めなければ、宇宙産業の価値は製造と打ち上げの内側にとどまる。株式会社Tellus Globalは、衛星データをクラウド上に集約し、AI解析やアプリケーション開発へつなぐ共通基盤を構築している。
スタジオに迎えたのは、株式会社Tellus Global 代表取締役社長の山﨑秀人氏である。番組パートナーは、宇宙機や宇宙ロボット向けのソフトウェア開発に携わってきた株式会社セックの松久孝志氏。衛星データを一般の企業や開発者へ開く事業構造、AI時代の地理空間基盤モデル「Geo FM」、そして宇宙を日本の次の基幹産業へ変えるために必要な条件を明らかにする。
宇宙データの共通基盤「Tellus」とは?
Tellusは、政府や企業が保有する衛星データをクラウド上に集約し、利用者がデータの取得、処理、解析、共有、アプリケーション開発までを進められる衛星データプラットフォームである。宇宙ビジネスにおけるデータの入口であり、国や宇宙企業が直面する「データ爆発」を受け止めるPaaSでもある。
衛星データには、人の目に近い画像を取得する光学データ、夜間や悪天候でも地表を捉えられる合成開口レーダー(SAR)のデータ、二酸化炭素やメタンなどを観測する環境データがある。地球観測衛星の中には、高度約500〜600キロメートルから地上約20〜30センチメートルを1画素として捉えるものもあるという。観測頻度と解像度が上がれば、災害、インフラ、農業、金融、保険、不動産、都市開発など、地表の変化を必要とする産業の意思決定は大きく変わる。
Tellus Globalは、その入口を三つのサービスで支えている。「Tellus Traveler」は、政府系と商業系を含む44種の衛星データと1種の地上データをブラウザ上で提供し、APIによる既存システムとの連携にも対応する。登録ユーザー数は2026年6月末時点で約4万4,000人に達した。「Tellus AI Playground」は、ラベル付き衛星データセット、基盤モデル、高性能GPU環境をまとめて提供し、AIモデルの開発と検証を支える。「Tellus Pro」は、複数衛星の軌道検索、新規撮像の照会・購入、データ処理、保管、共有をクラウド上で一元化する。
ここで重要なのは、Tellusが衛星画像を並べた閲覧サイトではないという点である。衛星の探索と撮像発注、データ生成、ストレージ、API、GPU、AIモデル、開発環境を連続させ、宇宙のデータを一般のWebサービスと同じように扱える状態へ近づけている。宇宙データを「専門家が取りに行く特殊な情報」から「事業システムが必要に応じて呼び出す基盤」へ変えることが、Tellusの役割である。
宇宙産業の次のボトルネック:増え続ける衛星よりも「データ爆発」
宇宙産業という言葉から、多くの人はロケット、人工衛星、宇宙ステーションを想像する。山﨑氏は、これまでの日本が強みとしてきた領域を「宇宙製造産業」と整理する。一方、衛星が生み出すデータ、クラウド、ソフトウェア、AIを扱う領域が「宇宙情報産業」である。日本の宇宙産業を基幹産業へ育てるには、製造と情報の両輪が必要になる。
衛星の数が増えると、まず観測データが増える。衛星から届くデータは、そのままでは画像ではなく、地上で処理して利用可能な形へ変換しなければならない。生成したデータは保管する必要があり、蓄積量はペタバイト級に達する。さらに、必要な地域と時点を検索し、異なるセンサーのデータを重ね、解析結果をAPIで外部システムへ渡す。衛星を増やすだけでは、この一連の工程が次のボトルネックになる。
山﨑氏自身、JAXAで地球観測衛星「だいち」のデータを扱った際、ファイルの重さと共有の難しさを経験した。Tellusの開発でも、ペタバイト級のデータをクラウド上で管理し、ブラウザへ高速に表示することは大きな技術課題だった。航空宇宙の専門家に加え、通常はそこまで大容量のデータを扱わないWebエンジニアにも使えるAPIを設計する必要があったからである。
同時に、データ量の増加は利用機会を広げる。山間部の通信鉄塔や送電線、広域インフラの状態確認では、現地調査だけに頼らず、衛星、航空機、ドローンの画像を組み合わせられる。金融や保険では、浸水域の把握、港湾や施設の稼働状況、不動産やインフラの定期監視に応用できる。携帯電話の位置情報など地上データと重ねれば、商業施設や都市の動きをより立体的に捉えられる。
変わるのは、画像の精細さだけではない。現地へ行ってから状況を確認する意思決定を、広域の変化を先に把握してから人と資源を動かす意思決定へ変えられる。衛星データの価値は、一枚の画像を販売することではなく、観測から判断までの時間を短縮することにある。
「農業用AI」を作らない理由:PaaSに徹することで市場を広げる
衛星データの用途が農業、防災、漁業、金融、保険、不動産へ広がるなら、Tellus Global自身が各業界向けの完成サービスをつくった方が収益機会は増えるように見える。しかし、同社は個別の業務アプリケーションを主戦場にせず、共通基盤へ経営資源を集中している。
理由は二つある。第一に、農業のサービスをつくるには農業の専門家が必要であり、漁業、防災、保険でも同じである。一社がすべての産業知識を抱えることはできない。第二に、個別顧客の要望から逆算して開発すると、案件ごとに仕様が異なる「工芸品」のような受託開発になり、横展開のコストが高くなる。優れた事例が生まれても、市場全体の成長は緩やかなままである。
Tellus Globalが目指すのは、衛星データ、API、計算資源、基盤モデルをオープンな土台として提供し、農業や保険などの専門家がその上でサービスをつくる構造である。データ提供者と利用者、AI開発者、業界企業が同じ基盤へ集まれば、一つの成功事例を別の地域や産業へ展開しやすくなる。データを売り切るのではなく、利用者が増えるほど機能と知見が蓄積するエコシステムを設計している。
山﨑氏は、地球の変化パターンを広く学習した汎用モデルが、多くの課題に対して7〜8割程度まで答えを出し、残りを業界別のファインチューニングで補う時代が近いと見る。従来のように「一つの課題に一つのAI」を最初から構築するのではなく、共通モデルから用途別サービスを短期間で立ち上げる。この転換が実現すれば、衛星データ事業は個別受託の積み上げから、第三者が連続してサービスを生み出すプラットフォーム型へ移行できる。
Geo FMが変える情報探索:地球の最新状態を言葉で問う
その中核としてTellus Globalが研究開発を進めているのが、「Geo FM」と呼ぶ地理空間の基盤モデルである。ChatGPTやGemini、Claudeのような大規模言語モデルが大量のテキストを学習するのに対し、Geo FMは衛星画像を中心とする地理空間データを学習する。
目指しているのは、専門家が衛星名、センサー、撮像条件を指定してデータを探す操作から、利用者が欲しい情報を自然言語で問い、AIが必要なデータと解析方法を選ぶ操作への転換である。山﨑氏は、「今、投資を検討すべき土地はどこか」と入力すると、最新の衛星データや地上データから候補を示すような利用像を挙げた。農地の状態、災害の被害範囲、インフラの異常、土地利用の変化なども、同じ基盤から問い出せるようになる。
AIの価値は、検索を簡単にすることだけではない。従来のデータ融合では、光学、Xバンド、Lバンドなど、解析者が専門とするデータへ解決策が寄りやすかった。AIは複数の衛星、航空機、地上センサー、統計データを横断し、課題に合う組み合わせを提示できる。人の専門性を消すのではなく、専門領域による選択肢の偏りをいったん外し、検討範囲を広げる役割を持つ。
多数の衛星を連携させるコンステレーションが進めば、理論上は地球の全表面を約2時間ごとに更新できるほど観測能力は増えていくという。災害発生後の地図を早く生成し、通行可能な道路、危険な地域、支援が必要な場所を対話形式で抽出できれば、地理空間データは報告資料ではなく行動を選ぶための情報になる。
もちろん、AIの出力がそのまま最終判断になるわけではない。山﨑氏も、AIは誤る可能性があり、判断する人間にはリテラシーが必要だと強調する。Geo FMの本質は、意思決定を自動化して人を外すことではなく、候補を増やし、提示を早め、専門家が検証できる材料を揃えることにある。
JAXAの現場から起業へ:10年越しの構想を政策と事業につなぐ
Tellusの構想は、2000年代後半、山﨑氏がJAXAで「だいち」の防災利用に携わっていた時期に生まれた。災害対応に役立つデータでありながら、容量が大きく、組織内で共有することさえ難しい。クラウドが普及し始めた時期でもあり、衛星データをクラウド上へ置けば、より多くの人が使えるのではないかと考えた。
しかし、当時のJAXAで構想をプロジェクト化することはできなかった。転機は約10年後である。経済産業省への出向中に提案した構想が2018年に政策事業として採択され、さくらインターネットが開発と運用を担った。2019年にTellusがローンチし、2021年に株式会社Tellusが設立された。その後、事業化を進め、現在のTellus Globalへつながっている。
山﨑氏は2001年に宇宙開発事業団、現在のJAXAへ入職し、「国際的な仕事」と「100年後に残る仕事」を軸に宇宙開発を選んだ。国際調整、地球観測衛星「だいち」の防災利用、小惑星探査機「はやぶさ」の帰還業務などを経験してきた。JAXAでは高精度のデータ取得とミッション成功が中心だったが、民間事業では顧客のコスト削減や売上向上へどう貢献するかが問われる。視点は技術起点から顧客価値起点へ変わった。
公共プロジェクトをスタートアップとして引き受ける決断は、必ず成功するという確信から生まれたものではない。山﨑氏は、人には「チャンスに出会えない」「出会っても気づかない」「気づいても挑戦しない」という三つの局面があると考えたという。自分は最後の一人で終わるのか。それとも結果にかかわらず挑戦した人になるのか。応援してくれた人たちの思いも含め、構想を最後までやり切る道を選んだ。
事業を進める上では、さくらインターネットをはじめとするパートナーや専門家と、オープンでフェアな関係を築くことを重視した。衛星データの市場では、技術を完成させるだけでは十分ではない。「衛星データだけで何ができるのか」という利用者側の疑問に向き合い、既存の業務データと組み合わせる前提を共有しなければならない。Tellusの事業開発は、巨大なデータ基盤の構築と、市場側の共通認識づくりを同時に進める仕事でもあった。
競争より接続:Tellus Globalが目指すアジアのデータハブ
衛星データプラットフォームには、Google Earth Engineや欧州のCopernicusなど、海外の大規模な先行基盤がある。一般的なスタートアップ論なら、競合との差別化とシェア獲得が中心課題になる。しかし山﨑氏は、宇宙開発にはもともと、各国が観測領域とデータを補完し合うパートナーシップの文化があると説明する。
TellusからもCopernicusのデータを利用できる。日本はアジア地域のデータと知見を蓄積し、欧州や米国の基盤と接続しながら、利用者へより大きな価値を届ける。Tellus Globalが目指す「アジアのハブ」は、海外基盤を排除して閉じた市場をつくることではない。地域のデータ、開発者、企業をつなぎ、世界のデータ基盤との相互運用を担う結節点になることである。
そのためには、プロダクトの多言語化だけでは足りない。グローバルなチームをつくり、APACの現地で顧客とパートナーを開拓し、事業を拡大する資本を持つ必要がある。衛星データは国境を越えて取得できるが、社会課題、商習慣、規制、利用現場は地域ごとに異なる。共通基盤と現地の実装力を両立できるかが、アジア展開の条件になる。
宇宙情報産業を支えるセック:衛星から利用までをつなぐソフトウェア
衛星データプラットフォームは、単独では成立しない。衛星が地球を観測し、データを地上へ送り、クラウドで処理し、利用者のシステムが結果を受け取るまでには、複数のソフトウェアが連続して動く必要がある。
番組パートナーのセックは、プラットフォームそのものではなく、観測データを生み出す衛星側や、データを利用する側のシステムに携わってきた。松久氏は、衛星数とデータ量が増えるほど、すべての生データを人が確認するのではなく、AIを使って必要な情報へ絞り込む方向へ進むと見る。また、日本の宇宙産業は長く製造業を中心に発展してきたが、これからはソフトウェアとサービスへ領域を広げることが必然になると指摘した。
Tellus Globalがデータを蓄積し、検索し、解析する共通基盤を整える一方、セックは宇宙機や利用システムを動かすソフトウェアを担う。ハードウェアを打ち上げる能力、安定して観測を続ける制御、膨大なデータを処理するクラウド、業務で使える形へ変換するAIは、どれか一つで完結しない。宇宙製造産業と宇宙情報産業をつなぐのは、工程を横断してデータを流し続けるソフトウェアである。
宇宙情報産業の実装に向けた3つの示唆
Tellus Globalのプラットフォーム戦略と、セックが担う宇宙ソフトウェアの視点から導かれる、衛星データを産業へ実装するための示唆は、次の三点に集約される。
1. 個別サービスを増やす前に、再利用できる共通基盤をつくる
業界ごとの課題から個別システムをつくるだけでは、案件ごとにデータ取得、処理、保管、AI開発を繰り返すことになる。共通のデータ、API、GPU、基盤モデルを先に整え、専門企業が用途別サービスを開発できる状態をつくることで、成功事例を横展開しやすくなる。PaaSへの集中は、アプリケーションを諦める判断ではない。アプリケーションが多数生まれる条件を整える判断である。
2. AIを解析の自動化だけでなく、データ選択の偏りを減らすために使う
衛星データの専門家は、センサーの特性と限界を理解している。一方で、その専門性が特定のデータを優先する思考にもつながる。AIが複数の衛星、地上データ、統計を横断して候補を示し、人が根拠を検証する分業にすれば、従来は組み合わせなかったデータから新しい仮説をつくれる。Geo FMは、答えを代行するモデルではなく、地球に対して問いを立てる範囲を広げる基盤として設計する必要がある。
3. データの囲い込みより、接続とコミュニティーを競争力にする
宇宙データは一社、一国だけでは網羅できない。政府、衛星事業者、クラウド企業、AI開発者、業界企業がデータと機能を持ち寄り、世界の基盤とも接続することで、利用者が得られる価値は大きくなる。Tellus Globalがアジアのハブを目指す上でも、保有データの量だけでなく、提供者と利用者が参加し続ける仕組み、APIの使いやすさ、現地パートナーとの信頼が重要になる。
パーソナリティーが感じたこと——宇宙を意識せずに使う社会へ

今回の議論を通じて私が最も強く感じたのは、宇宙産業の成長を測る指標は、ロケットの打ち上げ回数や衛星の保有数だけではないということである。衛星から届く情報が、既存産業の意思決定へ何回使われたか。災害対応を何時間早め、現地調査を何回減らし、事業会社が新しいサービスをいくつ生み出したか。宇宙を地上の価値へ変換する回路がなければ、ハードウェアの増加は産業の広がりへ直結しない。
私たちはすでに、天気予報、地図、カーナビ、通信などを通じて、日常的に宇宙を使っている。それでも「宇宙産業の恩恵を受けているか」と聞かれれば、自分には関係がないと答える人は多いだろう。山﨑氏が描くのは、利用者に宇宙データを意識させる世界ではない。身近なサービスや安全を守る仕組みの裏側でTellusが動き、必要な情報が当たり前に届く世界である。
その意味で、約4万4,000人という登録者数はゴールではない。Tellusを直接操作しない企業や生活者にも、パートナーがつくるサービスを通じて衛星データの価値が届くかが問われる。投資、保険、防災、インフラ、農業、都市計画など、地表の変化を扱う事業はすべて接点になり得る。
日本が米国や中国と同じ規模のロケットやAIモデルを持つことだけが、世界で戦う方法ではない。用途に合わせてデータを組み合わせ、専門モデルをつくり、利用者が使いやすいサービスへ落とし込む力は、日本企業が長く磨いてきた強みでもある。宇宙製造産業の技術を、データとソフトウェアで一般産業へ開く。若い世代が宇宙を特別な研究分野ではなく、普通に働き、起業し、サービスをつくる産業として選べるか。Tellus Globalの挑戦は、その産業構造をつくる試みである。
