宇宙から地下の水道管を守る。天地人がつくる「衛星×AI×現場の記憶」のインフラDX

漏水を直接見つけるのではない。衛星データとAIで「どこから調べ、どこから更新するか」を変える「宇宙水道局」の実装論
文:大野泰敬(「SETAGAYA TECH JUNCTION」パーソナリティ)
量子計算、宇宙開発、次世代医療、生命科学、ロボティクス、高度センシング——新産業の起点となる最先端技術の産業実装を論理的に解剖し、ビジネス創出の知見を発信するテクノロジートーク番組「SETAGAYA TECH JUNCTION」。今回のテーマは、「宇宙から地下の水道管を守る」である。人工衛星から地球を観測し、地表面温度や地盤の動きなどを捉える。そこへ水道管の情報、過去の漏水履歴、地域の特性、さらに現場で働く人たちが長年蓄積してきた経験を重ね、AIで解析する。一見するとSFのように聞こえるが、その目的は宇宙から漏水箇所を直接発見することではない。日本中に張り巡らされた膨大な水道管の中から、「どこを優先的に調べるべきか」「どの管路から更新すべきか」をデータによって絞り込むことである。スタジオに迎えたのは、株式会社天地人 衛星リモートセンシング&AIソリューション部 マネージャーで、衛星リモートセンシングエンジニアの伊藤拓弥氏。番組パートナーは、長年にわたり宇宙機のシステム開発に携わってきた株式会社セック 執行役員の松久孝志氏である。宇宙データを「見る技術」から、社会インフラの意思決定を変える「使う技術」へ。その転換点を掘り下げる。

株式会社天地人とは?——「宇宙を見る会社」ではなく、「地球の課題を解く会社」
天地人が掲げる大きな目標は、宇宙ビッグデータを使って地上の社会課題を解決することである。ここでいう宇宙ビッグデータとは、地球観測衛星などによって継続的に取得される地球の情報だ。気温や雨などの気象情報だけではない。人工衛星にはさまざまなセンサーが搭載されており、人間の目で見ることのできる光だけでなく、地表面温度や地盤変動など、異なる種類の情報を地球規模で取得することができる。衛星データそのものは新しいものではない。森林モニタリングや農業などでは何十年も前から利用されてきた。天地人が挑んでいるのは、そのデータと地上データをAIも活用しながら組み合わせ、実際の社会課題を解くプロダクトへ変換することである。同社は2019年設立。JAXAから世界で初めて出資を受けた民間企業であり、JAXAの知的財産や業務で得られた知見を利用する「JAXAスタートアップ」としても認定されている。(当然日本の企業しか出資をうけられないので)事業領域は、水道インフラだけではない。農業、再生可能エネルギー、カーボンオフセット、インフラ管理など、「場所」に関係するさまざまな課題へ衛星データを応用している。伊藤氏自身も、約17年間にわたって衛星データ解析に携わってきた専門家だ。以前は衛星データ解析そのものに近い仕事をしていたが、「より顧客に近いところで、社会実装や社会課題の解決に関わりたい」と天地人へ移った。研究や解析として優れた結果を出すだけではない。その結果が、誰の、どの判断を、どう変えるのか。天地人という会社を理解する上で、この違いは重要である。

課題構造の再定義:18万kmを超える老朽管を、すべて同時には直せない
なぜ、宇宙データを水道管へ使うのか。その背景には、日本の水道インフラが抱える巨大な「優先順位問題」がある。日本国内の水道管をすべてつなぐと、その総延長は地球約18.5周分に及ぶ。そのうち法定耐用年数40年を超えた管路だけでも18万km以上、地球約4.7周分に相当する。当然、古い水道管をすべて新しくできれば問題は単純である。しかし現実には、更新には莫大な費用と時間がかかる。自治体の予算も人員も有限だ。つまり、水道インフラ問題の本質は単なる「老朽化」ではない。老朽化している大量の設備の中から、限られた予算と人員をどこへ投入するかを決めなければならないことにある。天地人が展開する「宇宙水道局」は、この意思決定を支援するための水道DXソリューションである。重要なのは、「衛星から地下の漏水を直接見る」というサービスではない点だ。宇宙から地下深くにある水道管を直接見て、「ここから水が漏れている」と断定するわけではない。自治体が持つ管路情報や漏水履歴などへ、地表面温度、地盤変動をはじめとする衛星データ、オープンデータなどを掛け合わせ、AIによって「将来的に漏水するリスクが相対的に高い場所」を診断する。伊藤氏は番組内で、宇宙水道局についてこう説明した。「宇宙から漏水を直接見つけるということは難しい。地上の状態と宇宙からの状態を掛け合わせることで、将来的に漏水するリスクが高いところを見つける」つまり天地人が売っているのは、「漏水発見」そのものではない。調査すべき場所を絞り込む能力である。

「宇宙×地上×人」——一つのデータだけでは、答えは出ない
宇宙水道局の技術構造で最も重要なのは、人工衛星そのものではない。複数の異質な情報を重ねることである。例えば、水道管について考えてみる。いつ設置された管なのか。材質は何なのか。その場所では過去に漏水が起きたことがあるのか。周囲の土地はどのように利用されてきたのか。地表面温度はどう変化してきたのか。地盤は長期的にどのように動いているのか。さらに、データベースには載っていなくても、現場のベテランは「この地域は以前から漏水が多い」「この辺りは道路条件が特殊だ」といった経験を持っている場合がある。単独では決定打にならない情報でも、複数を重ねることで初めて傾向が見えてくる。AIが大きな意味を持つのも、ここである。従来の統計分析では、分析前にデータの性質を揃える必要があった。しかしAI技術が進化したことで、性質の異なる大量の数値情報に加え、従来は数値化しづらかった情報まで組み合わせて分析できる可能性が広がっている。伊藤氏は、AIの進化によって「今まで気づかなかった新しい価値や、新しい要素に気づくことができるようになった」と語る。ここに、天地人の技術思想が表れている。衛星データが答えなのではない。AIが答えなのでもない。宇宙からの情報、地上に蓄積されたデータ、現場の人が持つ知識を接続したとき、初めて社会で使える情報になる。社名の「天地人」は、この事業構造そのものを表しているようにも見える。
AI分析より時間がかかる「前処理」——紙、表記揺れ、失われる現場知
最先端の衛星データとAIを使うビジネスと聞くと、難所は高度なアルゴリズム開発にあるように思える。しかし実際の現場は、もっと泥臭い。自治体によって、データの管理状態が違うからだ。ある自治体では十分にデジタル化されている一方、紙の資料が残っているケースもある。デジタルデータであっても、自治体ごとにフォーマットが違う。水道管の名称や分類方法が異なることもある。さらに、過去の工事内容や現場で起きた出来事が、すべて記録として残っているとは限らない。伊藤氏は、分析で特に時間がかかる部分について、「最初のデータをしっかり綺麗にして読み込ませるところ」と話した。天地人ではこれを分析前の「前処理」と呼んでいる。AIへデータを投入すれば終わるのではない。AIが意味のある分析をできる状態まで、人間がデータを整えなければならないのである。しかも問題は、紙をデジタル化すれば解決するほど単純ではない。長年水道事業を支えてきた技術者が退職すれば、その人の頭の中にあった経験や判断基準も失われる可能性がある。天地人が向き合っているのは、設備の老朽化だけではなく、知識の老朽化と消失でもある。だからこそ、現場で働く人との対話が重要になる。データだけでは読み取れない背景を聞き、分析へ戻していく。伊藤氏は、自治体からデータを受け取った後について、「データを綺麗にした上で分析して結果を出す」だけでなく、現場の人と対話し、データに書かれていない情報まで加味することが重要だと説明する。ディープテックの社会実装では、「高度な技術を持っていること」と「現場で使えること」は同義ではない。宇宙水道局は、その典型例である。
AIは人を消すのではなく、「人をどこへ使うか」を変える
宇宙水道局を理解する上でもう一つ重要なのが、AIと人間の役割分担である。漏水を最後に確認する作業では、人の耳で音を聞く音聴調査など、現場の専門技術が依然として必要になる。天地人のシステムが、それをすべて置き換えるわけではない。変えるのは、その前段階だ。従来、広いエリアを調査しようとすれば、多くの人員と時間が必要だった。AIによるリスク診断によって、調査すべき場所の優先順位をつけることができれば、同じ人数でもリスクの高い場所へ集中できる。実際、導入先から寄せられている反応として伊藤氏が挙げたのは、「漏水を発見する精度」そのものよりも、現場作業の効率が非常に上がったことだった。最後に漏水を見つける人間の技術は変わらなくても、その技術を「どこで使うか」を変えられる。これはAI導入の本質を考える上でも示唆的である。AIによって人をゼロにすることが価値なのではない。限られた人材を、本当に人間が見るべき場所へ集中させる。人口減少と技術者不足が同時進行する日本では、むしろこちらの方が現実的なAI活用になる。
「AIなら全部分かる」という期待との戦い
一方、AIという言葉は顧客の期待値を必要以上に上げる。「AIなら漏水箇所を全部見つけてくれるのではないか」「衛星から地下まで分かるのではないか」新しい技術であるほど、できることとできないことを正確に説明する必要がある。伊藤氏も、AIと聞くと「何でもできてしまう」という期待を持たれやすいと話す。しかも水道事業者側には、何十年にもわたって現場を支えてきた独自の知見がある。AIだから正しい、従来の経験だから古い、という関係ではない。現場の知見とAIの分析結果を擦り合わせ、「AIを入れることで何が良くなるのか」を一緒に検証する必要がある。新技術の導入において最大の障壁は、技術性能そのものではなく、しばしば「期待値の設計」である。AIの能力を誇張するのではなく、何ができ、何ができず、どの業務を改善できるのかを明確にする。天地人の事業は、AI時代のBtoBビジネスに不可欠な、このコミュニケーション設計まで含んでいる。
顧客との対話から生まれた「宇宙水道局」——技術起点ではなく、課題起点で事業をつくる
興味深いのは、宇宙水道局が「衛星データを水道に使おう」と研究室の中だけで考案されたサービスではないことである。天地人がさまざまな衛星データ活用を検討する中で、豊田市が抱えていた水道インフラの課題について議論し、試行錯誤を重ねる中から現在のサービスが生まれた。つまり、「この衛星データで何ができるか」から始めたのではない。「現場には何の課題があるのか」「その課題を解決するために、衛星データをどう使えるか」という順番である。ディープテック企業にとって、この順序は極めて重要だ。技術が高度になるほど、開発側は技術そのものを価値だと考えやすい。しかし顧客が購入するのは、衛星画像でもAIモデルでもない。調査時間が減ること。更新計画の根拠が明確になること。限られた予算をリスクの高い場所へ振り向けられること。技術が「意思決定の改善」へ翻訳されたとき、初めて事業になる。
宇宙機をつくる側と、宇宙データを使う側——衛星が増えるほど広がる産業の接点
番組では、宇宙機のシステム開発に携わってきたセックの松久氏から、「宇宙機側に何か要望はあるか」という問いも投げかけられた。伊藤氏の答えは明快だった。分析する側からすれば、より多くのデータが欲しい。地上を見る解像度をもっと上げたい。観測できる衛星が増えれば、それだけ分析の機会も増える。衛星の数が増えれば、単純に取得可能なデータ量が増え、これまで見えなかった現象を分析できる可能性も高まっていく。ここには、これからの宇宙産業の重要な構造が見える。宇宙機をつくる企業と、衛星データを使う企業は、別々の市場ではない。宇宙機側で、より高頻度、高解像度、多種類のデータが取得できるようになれば、地上側で成立するサービスも変わる。逆に、地上でどのような課題解決が求められているかが分かれば、将来の衛星やセンサーに必要な性能も見えてくる。「宇宙機をつくる側」と「データを使う側」が往復することで、宇宙データの価値は高まる。衛星の打ち上げ数が増えること自体が市場なのではない。増えた衛星から生まれるデータを、どれだけ地上の価値へ変換できるか。宇宙産業の次の競争領域は、ここにある。
次のデータ源は、スマートフォンや街を走る車かもしれない
宇宙水道局の考え方をさらに拡張すると、必要なデータは衛星だけとは限らない。番組では、スマートフォンや物流トラック、タクシーなど、街を日常的に動くものからデータを取得できないかという議論も出た。伊藤氏が例に挙げたのは、道路の写真である。道路が修繕された跡。表面が濡れている場所。舗装の状態。撮影地点の位置情報。行政の台帳にはまだ反映されていなくても、最新の道路写真があれば、現場の変化を捉える手掛かりになる可能性がある。将来的には、ストリートビューやSNSなどに存在する大量の画像も、分析可能なデータ源になり得る。これまでは、データ量が膨大すぎて扱えなかった。しかしAIの進化によって、処理できるデータ量だけでなく、扱える「データの種類」そのものが増え始めている。衛星データ、行政データ、現場知、道路画像、位置情報。これらが重なるほど、デジタル上に現実世界の状態をより精密に表現できるようになる。宇宙水道局の本質は、水道管専用AIだけにあるのではない。異なる場所に散らばっていたデータを、一つの意思決定モデルへ統合する技術にある。
上水道から、下水道、道路へ——衛星データが「意識されないインフラ」になる未来
天地人が見ている先は、水道管だけではない。伊藤氏は今後について、上水道に加えて下水道や道路など、日常生活を支えるインフラ全般の課題を、AIと宇宙データによって解決していきたいと話す。しかも、衛星には行政境界も国境もない。日本で成立した分析手法を、同じインフラ課題を抱える海外へ展開できる可能性もある。天地人はすでに海外展開にも取り組んでいる。さらに長期的には、農業、森林、インフラだけではなく、経済活動を含むさまざまな領域で衛星データが利用される可能性があると伊藤氏は見る。最終的には、人々が「これは衛星データを使っている」と意識しなくなるかもしれない。天気予報を見るたびに人工衛星を意識する人が少ないように、インフラ管理や農業、都市運営の中にも宇宙データが自然に埋め込まれていく。技術が本当に社会へ普及した状態とは、技術そのものが目立たなくなった状態でもある。
ディープテック実装に向けた3つの示唆
天地人の宇宙水道局から見えてくる、AI・宇宙・高度センシングなどのディープテックを事業化するための示唆は、三つに集約できる。
1. データそのものではなく、「意思決定」を商品にする
人工衛星から大量のデータを取得できても、それだけでは顧客価値にはならない。重要なのは、その情報によって「どこを調べるのか」「何を先に直すのか」「どこへ予算を使うのか」という意思決定が変わることである。技術企業が考えるべきなのは、データの高度さではなく、そのデータが顧客の行動をどう変えるかだ。
2. AI導入のボトルネックは、モデルより「データを使える状態にすること」にある
現実世界のデータは綺麗ではない。紙で残っている。フォーマットが違う。呼び方が違う。記録されていない。人の頭の中にしか存在しない。高性能なAIモデルを導入する前に、現実をデータとして定義し直す作業が必要になる。AI時代ほど、現場との対話、データ整備、言語化といった人間側の仕事の重要性は高まる。
3. 宇宙データの価値は、「宇宙だけで完結しない」ところにある
衛星データだけで社会課題を解く必要はない。むしろ地上データ、行政データ、現場知、写真、位置情報などと組み合わせたとき、衛星の広域性や継続観測という強みが生きる。宇宙と地上を別々の産業として考えるのではなく、一つのデータ基盤として接続する。その先に、宇宙産業の巨大な社会実装市場がある。
パーソナリティーが感じたこと——宇宙産業の本当の成長は、「宇宙を意識しなくなること」かもしれない

今回の話を聞いて、私が最も印象に残ったのは、天地人が「宇宙の会社」でありながら、議論の中心にあったのが宇宙そのものではなかったことである。話題になったのは、水道管だった。紙の台帳だった。自治体の人手不足だった。ベテラン技術者の経験だった。道路の写真だった。そして、限られた予算をどこへ使うのかという極めて現実的な問題だった。ここに宇宙ビジネスの次の姿があるのではないかと思う。人工衛星を打ち上げることだけが宇宙産業ではない。衛星から得られる情報を、地上の一つひとつの意思決定へ届けるところまで含めて初めて、宇宙は社会インフラになる。そして興味深いのは、技術が高度になるほど、人間が不要になるのではなく、むしろ人間の知識をどう残し、どう使うかが重要になっている点だ。AIだけでは、水道管の歴史は分からない。衛星だけでは、現場の事情は分からない。ベテランの経験だけでは、日本中の膨大な管路を効率的に管理できない。宇宙、AI、地上データ、そして人。松久氏が番組の最後に語ったように、「天からのデータと、地面のデータと、人の知恵」を組み合わせて課題を解く。まさに「天地人」という社名そのものの事業構造である。伊藤氏は、新しい技術に向き合う際、「まず試してみる」ことの重要性を語った。すべてを無条件に取り入れるのではない。自分で試し、良いものかどうかを判断する。過去の価値観や成功体験だけに縛られず、新しい技術やサービスを取り込み、頼れるパートナーを増やしていく。宇宙データもAIも、目的ではない。地上で起きている問題を解決するための手段である。宇宙から見える世界と、地上でしか分からない世界をつなげられるか。その接点にこそ、これからの宇宙ビジネスの大きな成長余地がある。
