極限の宇宙環境から量子基盤まで。リアルタイム技術の先駆者「セック」が実装する未来のインフラ
2026.07.27

世田谷から世界をワクワクさせるイノベーションの合流点、「SETAGAYA TECH JUNCTION」。社会の前提を覆すテクノロジーは、突如として生まれるわけではない。極めて精緻な論理と、膨大な技術的蓄積、そして一部の技術者の執念によって、それは初めて社会実装のフェーズへと移行する。
私、大野泰敬がパーソナリティを務める本番組で今回フォーカスしたのは、まさにその社会実装の最前線で「リアルタイム技術」を駆使する株式会社セックのキーマン2名である。同社開発本部で研究企画室長(宇宙ビジネス推進担当 執行役員)を務める松久孝志氏と、第一開発ユニットで量子技術推進責任者を務める内田諒氏をスタジオに迎え、宇宙から量子コンピューティングに至るまでの技術的ロードマップを紐解いた。
大学発ベンチャーの先駆けと「リアルタイム技術」
一般のビジネスパーソンにとって「セック」という社名は馴染みが薄いかもしれないが、同社は1970年に東大工学部を中心とする3名の大学院生が「システム工学を究めたプロの技術者集団」を目指して創業した、日本の大学発ベンチャーの先駆けとも言える企業である。現在では交通・防衛・医療などの社会基盤システム、宇宙先端システム、モバイルネットワーク、インターネットという4つのビジネスフィールドを展開し、2026年3月期の決算では売上高112.2億円(前期比9.0%増)、営業利益18.79億円(同4.8%増)と極めて堅調な増収増益を記録している。

入社の動機を尋ねると、松久氏は「どうせやるなら普通の会社とは違うことをやっている会社に入りたかった」と回顧し、農学部出身の内田氏は「宇宙、防衛、ロボットに興味があり、それら全部に1回の人生で関われる環境を探した結果、セックに行き着いた」と語る。それぞれの独自の探求心が、現在の強固な収益基盤を支える同社のコアコンピタンスに直結している。その中核技術について、松久氏は次のように定義する。
「簡単に言えばソフトウェアの開発をしている会社ですが、我々はその中でも『リアルタイム技術』をコアにして、ソフトウェア中心にその周りも含めたシステムを構築することを得意としています」
彼が語るリアルタイム技術とは、単に処理速度が速いという意味ではない。センサー等が時々刻々と変化する外界の情報を捉え、定められた厳格な時間制約の中で確実にシステムを動作させるミッションクリティカルな技術を指す。一般的なWebサービスであれば1秒の通信遅延はユーザーのフラストレーションで済むが、同社が手掛ける自動運転システムやロボット制御、あるいは防衛・医療インフラにおいて、処理のタイムラグは致命的なシステム崩壊を意味する。あらゆる環境の変動に対して「着実に捉え、確実に動く」システムを構築する設計思想こそが、同社の技術的優位性の源泉である。
宇宙開発は「究極の地球保護」である
このリアルタイム技術が最も過酷な環境で試されるのが、宇宙開発の領域だ。番組内で私が「イーロン・マスクのスペースXの台頭や、AIによる莫大な電力消費を背景に、宇宙でのインフラ構築が現実味を帯びている」と水を向けると、松久氏は感情論を一切交えず、極めてマクロかつ合理的な視点で応答した。

「私が思っているのは、宇宙を開発するってことは究極的に『地球を守る』ということになると思っています。例えば環境のために宇宙で発電をして地球に届ける、あるいは鉱物資源が足りなくなるので小惑星から取って地球に持ち帰る。最終的には、インフラ的な形で見えないものになっていくと見ています」
AIの進化に伴う電力不足や資源枯渇が物理的制約となりつつある現在、宇宙空間のインフラ化は経済的必然性を帯びている。セックの宇宙事業の歴史は古く、創業直後の1971年に「ロケットエンジン高空性能試験システム」を受注したことに始まる。その後、日本初のコンピュータ搭載科学衛星「ようこう」やX線天文衛星「あすか」の開発に参画し、歴史的な天体撮影等の科学的成果に直接貢献してきた。
広く知られる小惑星探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」のプロジェクトにおいては、探査機の自動化・自律化運用、および着陸誘導のための画像処理ソフトウェアを担当した。地球から数億キロ離れた小惑星でのミッションでは、通信の往復に数十分から数時間を要するため、地上からのリアルタイムな遠隔操作は物理的に不可能である。すなわち、探査機自体が搭載されたソフトウェアによって状況を自律的に判断し、秒単位で軌道制御を行う必要がある。ここで同社の「リアルタイム技術」が決定的な役割を果たし、人類初の人工クレーター作成とサンプル回収という偉業を支えたのだ。
現在もその歩みは止まらず、JAXAがタカラトミー等、タカラトミー・ソニーグループ・同志社大学と共同開発した変形型月面ロボット「SORA-Q」のソフトウェア開発や、ISS日本実験棟「きぼう」内を自律移動するドローン型カメラシステム「Int-Ball2」の統合ソフトウェア開発など、宇宙ロボティクス領域への展開を加速させている。分光カメラ開発や、積載能力強化型物流ローバの故障予測・診断技術分野に参画している。

変形型月面ロボットLEV-2(愛称:SORA-Q)開発における貢献に関し、JAXAより感謝状を受領
松久氏が「誰もやったことがなくて、これできるの?と相談されることばかりやっている」と語る通り、同社は宇宙探査という極限環境をソフトウェアで制御するデファクトスタンダードとしての地位を確立している。注目すべきは、セックが宇宙専業の企業ではないという点だ。宇宙機開発で得たゼロ・フェイル(失敗が許されない)のノウハウを、自社製品であるロボット専用ミドルウェア「RTMSafety」や屋内自律移動ロボット向けソフトウェア「Rtino」などの地上系システムに転用し、逆に地上の最新技術を宇宙へ還流させるという相互フィードバックのモデルが、同社の高付加価値化戦略の核心となっている。
量子コンピューティングを「使えるもの」にするミドルウェア開発
一方、宇宙と並んで次世代の覇権を争う「量子コンピューティング」の領域において、同社は全く異なるアプローチでビジネスの足場を固めつつある。
内田氏によれば、量子コンピュータは「似ているところを探す方が難しいくらい、全く原理からして違う」という。実用化には、極低温に冷却されたハードウェア(QPU)が存在するだけでは成立しない。
「今特に中心でやっているのは、量子コンピュータをユーザーが使えるようにするという領域です。ハードだけあっても大きな冷凍機みたいになってしまうので、ユーザーとハードを繋ぐ、便利にあるいはより効果的にするためのミドルウェアの研究開発を中心にやっています」
内田氏のこの指摘は、量子コンピューティング産業の構造的ボトルネックを正確に突いている。量子コンピュータの傍らには必ず古典コンピュータによる制御サーバーが存在し、複雑な前処理やノイズを補正する後処理を行う必要がある。ハードウェアの開発競争が莫大な資本を要するレッドオーシャンと化す中、同社は自らの強みである「ミドル〜低レイヤー技術」を活用し、ユーザーインターフェースとハードウェアを繋ぐソフトウェア領域に戦略的リソースを集中させているのだ。
特筆すべきは、この量子事業が内田氏個人の強烈な探求心からボトムアップで立ち上がった事実である。2016年にIBMが量子コンピュータをクラウドで公開した時点で「いよいよソフトウェアの領域に入った」と直感した内田氏は、当時の研究企画室長(現在の松久氏の前任)から副社長に至るまで社内でプレゼンを繰り返し、まだ海のものとも山のものともつかない段階で研究開発プロジェクトを立ち上げた。
この直感と行動は、現在、数値化できる確固たる成果として結実している。同社は2022年から大阪大学と共同研究を継続しており、富士通およびTISと共同で、量子コンピュータ・クラウドサービス向け基本ソフトウェア群「OQTOPUS」を開発、2025年3月に世界最大規模のオープンソースとして公開・運用開始するに至った。

大阪大学量子情報・量子生命研究センター(QIQB)、セック、順天堂大学、計算待ち時間を短縮する量子マルチプログラミングを開発。量子マルチプログラミング(オートモード)の仕組み
さらに、大阪大学との共同開発により、複数の量子プログラムを並列実行する「量子マルチプログラミング機能」を世界で初めてクラウドで提供している。非常に高価で希少な計算資源である量子コンピュータの稼働率を、並列処理によって最大化するこの技術は、産業界からのニーズが極めて高い。2026年6月にはシステムが自動で最適配置を行う「オートモード」機能も発表しており、ハードウェアの物理的な制約をソフトウェアのアーキテクチャ設計で乗り越えようとする同社のアプローチは、極めて投資対効果の高い戦略と言える。また将来的には、量子AIを軸にロボット・宇宙・社会基盤分野への応用を目指すという青写真も描かれている。
新たなテクノロジーを実装するイノベーターの行動原理
これら非連続なイノベーションを次々と生み出す原動力は、彼らの日常的な思考プロセスの中にある。仕事外での取り組みについて尋ねると、松久氏は自身の注文住宅の設計図を自ら引くほどのDIY愛好家であることを明かした。私が「自分は計画を立てず思いつきでDIYをしてしまう」と話すと、松久氏は「自分は庭に作る小屋の設計と施工手順書まで既に完成させている。あとは労力だけです」と、緻密なエンジニア気質を覗かせた。さらに現在では、複数のAIエージェントをローカル環境で立ち上げ、膨大に流れてくるX(旧Twitter)のタイムラインをエージェント間で議論・精査させ、自身は最終的な意思決定のみを行うというシステムを構築し、日々の情報収集に活用しているという。「私が死んだ後、このエージェントたちを誰が見守るんだという哲学的な感覚すらある」と語るが、情報過多の環境下でノイズをフィルタリングし、最適解を導き出すこの自律分散型システムは、彼が業務で手掛けるリアルタイム制御システムのアーキテクチャそのものである。
また、内田氏は定期的にディズニーリゾートへ足を運び、「アニマトロニクス」と呼ばれる滑らかに動くロボットの挙動をプロの技術的視点から観察しているという。専門外であった量子業界へ単身飛び込んだ際のリスクについて問うと、「怖いですよ。めちゃくちゃ恥をかきます。でも10年後には忘れてるだろうぐらいの気持ちでやってます」と淡々と語った。過去の常識や業界の慣習が一切通用しないパラダイムシフトの中では、過度な感情論やプライドを排し、検証可能な事実ベースで「ゆらゆら揺られながら」も最新技術を実装し続ける心理的柔軟性が何よりの武器となる。
まだ誰も見たことのない景色を語る時、周囲から理解されないことに対する葛藤はないのか。そう問うと、松久氏は「いつも説明は尽くすんですけど、みんな『あ、そう』っていう感じなので、諦めの境地になっています。説得まではしない」と笑う。承認欲求や周囲の共感などという不確かなものに依存せず、「いずれそうなることが分かりきっている」という物理的・技術的な確信のみを拠り所にして、彼らは過剰なアピールに頼ることなく、検証可能な事実と実装のみで社会に解を提示していく。
まとめ
番組の締めくくりとして、内田氏は「量子コンピュータはまだ身近ではなく、研究開発している側もこの先どうなるか分からない部分が多い。だからこそ、現場の生の情報を通じて、利活用方法や未来への手がかりを番組で掴んでいきたい」と展望を語った。一方、松久氏は「宇宙の表面的な話だけでなく、実際の苦労や工夫を知ることで身近に感じてほしい。そして、興味を持ったリスナーにどんどんこの業界へ入ってきていただいて、毎日大変な私を助けてほしい(笑)」と、実務家らしい率直なメッセージを残した。
テクノロジーがビジネスの前提を根底から書き換えていく現在。次代のイノベーションに関心を持つビジネスパーソンにとって、彼らの思考プロセスに触れることは、自社の戦略を再定義する上で最も純度の高い一次情報となるはずだ。新たな時代の胎動を、8月7日21時放送の「SETAGAYA TECH JUNCTION」でぜひ体感していただきたい。
