「宇宙の使い捨て」を終わらせる。アストロスケールが切り拓く「デブリ除去から軌道上サービス」への産業構造転換
2026.08.14

文:大野泰敬(「SETAGAYA TECH JUNCTION」パーソナリティ)
量子計算、宇宙開発、次世代医療、生命科学、ロボティクス、高度センシング――これら新産業の起点となる最先端技術(ディープテック)の産業実装を論理的に解剖し、ビジネス創出の知見を発信する最先端テクノロジートーク番組「SETAGAYA TECH JUNCTION」。
本番組では、人工衛星の「使い捨て」を前提としてきた従来の宇宙開発から、点検、燃料補給、寿命延長、修理、撤去までを一つの産業として成立させる「軌道上サービス」への構造転換にフォーカスした。
高度な航法・制御技術と巨額の先行投資が要求され、顧客も法規制も未整備だった市場において、株式会社アストロスケールはいかにして技術、ビジネス、ルールを同時に立ち上げてきたのか。スタジオに迎えた同社広報宣伝部 PRマネージャーの伊藤聡志氏、番組パートナーであり株式会社セックで宇宙分野のリアルタイムソフトウェア開発に長年従事してきた松久孝志氏と交わした議論から、ディープテック企業が新たな社会インフラを形成するための経営論理を明らかにする。
衛星ライフサイクルの再定義:「使い捨て」から「保守・延命・撤去」への構造転換
アストロスケールが手がけるのは「軌道上サービス」と呼ばれる領域である。伊藤氏はその役割を「JAFさんの宇宙版」と表現する。地上のロードサービスが故障車の点検や燃料補給、レッカー移動を担うように、宇宙では人工衛星に対して点検、燃料補給、寿命延長、将来的な修理・アップグレード、運用終了後の除去、既存デブリの除去までを提供する。つまり、衛星を打ち上げた後の運用全体を支える保守サービス市場である。
燃料補給について伊藤氏は、従来の人工衛星は「基本的に使い捨て」だったと説明する。たとえるなら、新車を買ってもガソリンがなくなれば、そのまま捨ててしまうようなものだ。実際、人工衛星は燃料が尽きても電気系統などが生きていることがあり、機体そのものはまだ使える。それでも運用を終えざるを得ないケースがある。この“もったいなさ”が、軌道上で燃料を補給し、衛星の寿命を延ばすサービスへの需要につながっている。従来の「打ち上げ、使用、放置」という直線型のライフサイクルを、保守・延命を前提とした運用へ組み替える余地がここにある。
軌道上サービスは、この一方向の運用モデルを循環型へと組み替える試みである。点検によって故障箇所を可視化し、燃料補給によって運用寿命を延ばし、将来的には部品交換や修理を可能にする。役目を終えた衛星には、あらかじめ牽引用フックに相当する「ドッキングプレート」を搭載し、サービス衛星が捕獲して安全に軌道から離脱させる。既存の大型デブリについても、接近、状態把握、捕獲、撤去という一連の工程を確立することで、衝突リスクを下げる構想である。

ISSA-J1イメージ図。本ISSA-J1ミッションでは、デブリへ接近と観測を実施。一度のミッションで複数のデブリに接近するため、より実際のサービス提供を見据えた形での実証を目指す。
重要なのは、同社を「デブリ除去会社」とだけ捉えると、事業の本質を見誤る点にある。デブリ除去は軌道上サービスを構成する機能の一つであり、最終目的ではない。通信、測位、気象観測、防災、物流など地上社会を支える人工衛星を、より長く、安全に、責任を持って運用できる環境へ変えることが本質である。すなわち、アストロスケールが創出しようとしているのは単発の除去需要ではなく、宇宙機の保守・整備・救援を日常化する新たなインフラ市場である。
この市場が必要とされる背景には、軌道空間の有限性がある。人工衛星が運用される軌道高度は無限ではなく、役目を終えた衛星やロケットの一部を含む物体数の増加によって「軌道の混雑」は進行している。衝突が起きれば衛星は破壊され、提供していた地上サービスも停止する。衝突に至らないニアミスであっても、事業者はサービスを一時中断し、限られた燃料を回避行動に使わなければならない。スペースデブリ問題は環境保全の議論にとどまらず、衛星事業者の運用コスト、資産価値、サービス継続性を直接毀損する経済問題なのである。
秒速7〜8km、接近距離15m――RPOと自律制御が築く技術的参入障壁
軌道上サービスの成立条件は、対象物に安全に近づけることである。点検も燃料補給も修理も撤去も、接近できなければ始まらない。しかし、一般的な人工衛星は特定の軌道を一定速度で周回することを前提としており、自動車のように自在に加速、減速、方向転換する設計ではない。さらに、除去対象となるデブリは、通信機能や接近支援装置を持たず、姿勢や回転状態も不明な「非協力物体」である。
宇宙空間を周回する物体の速度は秒速7〜8kmに達する。伊藤氏の表現を借りれば、弾丸の数倍から数十倍、新幹線の約100倍で移動する物体同士を同調させる作業である。わずかな破片であっても衝突時の破壊力は大きく、捕獲側の衛星が接触すれば、新たなデブリを生み出す危険すらある。この極限条件下で相手との相対距離、速度、姿勢を把握し、安全余裕を確保しながら接近する技術が、RPO(ランデブ・近傍運用)である。
この難度を松久氏は「難しさしかない」と表現する。秒速7〜8kmで動く物体同士を近づけるだけでも極めて難しいが、アストロスケールは実際のデブリに15mまで接近する実証に成功した。松久氏によれば、「15mなんてほぼ衝突に等しい」距離である。地上のモニターでは二つの点が重なって見えるほど近く、それでも接触は絶対に許されない。求められるのは、接近そのものの精度だけではなく、常に退避可能な状態を保ちながら安全最優先で距離を詰める制御である。

対象デブリである大型デブリに対して、デブリから50mの距離を維持しながらの周回観測、15mという極近傍までの接近、そして衝突回避機能の有効性の実証等に成功。
この15mという数値は、単なる最短距離の記録ではない。軌道計算、相対航法、画像認識、姿勢制御、退避判断、安全設計を一つのシステムとして統合できることを示す技術的な到達点である。サービス衛星は、相手の位置と姿勢をセンサーで認識し、環境変化を補正しながら接近経路を更新しなければならない。太陽光の放射や上層大気の変化による抵抗など、地上試験では完全に再現できない「擾乱」も継続的に作用する。設計通りに動くだけでは足りず、予測との差異を検知し、その場で安全側へ制御を切り替える能力が不可欠となる。
ここで決定的な役割を担うのがソフトウェアである。人工衛星と地上が直接通信できる時間は、一回につき約15分に限られる。複雑な接近・捕獲運用をすべて地上から逐次指示することはできず、機体側に一定の自律判断を持たせる必要がある。対象との距離や位置関係を把握し、接近経路を計算し、異常時には退避する。その処理を定められた時間内に確実に実行するのが、リアルタイムソフトウェアである。
セックは、「はやぶさ」「はやぶさ2」「SORA-Q」などの宇宙プロジェクトにおいて、リアルタイムソフトウェア開発に長年関与してきた。リアルタイム技術とは、単に演算速度が速いことではない。予測困難な入力に対して、必要な期限内に正しい処理を完了し、異常時にも安全性と追跡可能性を維持する技術である。通信が途切れ、故障しても人が現場へ行けず、結果が後からしか分からない宇宙では、ハードウェアとソフトウェアを分離して最適化することはできない。軌道設計、機体、センサー、制御アルゴリズム、運用系を一体として設計するシステムインテグレーションこそが、軌道上サービスの参入障壁となる。
「市場がない」をブルーオーシャンへ変える――技術・事業・ルールの三軸同時推進
ディープテック事業の多くは、「まず技術を完成させ、その後に顧客と制度を探す」という単線的な開発プロセスに陥りやすい。しかし、軌道上サービスでは、この順番そのものが成立しない。技術があっても接近・捕獲を許容する法規制や安全基準がなければ打ち上げ・運用はできず、制度があっても顧客と収益モデルがなければ企業として継続できないからである。
創業者の岡田光信氏がスペースデブリ問題に取り組む意思を示した当初、周囲からは「技術がない」「資金がない」「市場がない」「法規制がない」と、成立しない理由を次々に突きつけられた。宇宙機関でも大企業でもない、宇宙業界との接点を持たないスタートアップが担う領域ではないという反応である。
一方で、岡田氏は「市場がない」という指摘を参入不能の理由とは受け取らなかった。IT分野で激しい競争を経験してきたからこそ、競合のいない未形成市場を見て「なんてブルーオーシャンだろう」と捉えたという。市場が存在しないことを悲観材料ではなく、自ら市場の前提をつくれる機会として読み替えたのである。
同社が進めてきたのは、①技術開発、②ビジネスモデルの確立、③法規制・ルール形成への貢献を同時に動かす三軸モデルである。接近・捕獲技術を開発しながら顧客との契約を形成し、同時に安全な運用の前提となるルールづくりにも関与する。前例のない市場では、技術だけを先に完成させても事業は成立しない。技術実証を制度的信頼へつなぎ、その信頼を商用需要へ転換していく並行推進こそが、市場そのものを立ち上げるための条件となる。
さらに、創業時から一国で事業を完成させてから海外へ展開する段階型モデルを採らず、複数地域で開発、契約、制度形成を同時に進めてきた。宇宙には国境がなく、デブリ問題も一国、一企業だけでは解決できない。初期投資が増えるとしても、世界各地の宇宙機関、企業、規制当局と同時に関係を構築することが、市場形成の速度を高めるという判断である。
この戦略は、未知の市場における広報の役割も再定義する。伊藤氏が直面している課題は、「デブリ除去会社」という単純な認識が定着し、点検、補給、延命、修理を含む軌道上サービスの全体像が伝わりにくいことである。そこで「宇宙のロードサービス」という身近な比喩を用いながら、単なる話題化ではなく、社会インフラとしての必要性を伝える。前例のない事業における広報は、完成した製品を宣伝する機能ではない。技術の意味を翻訳し、顧客、政策側、協業企業、生活者の間に共通認識を形成する市場開発機能なのである。
「ニュースにはならない」世界を目標にするインフラ経営
アストロスケールが目指すのは、軌道上サービスが特別な挑戦ではなくなる世界である。伊藤氏は、地上でJAFが故障車を1台レッカーしても「ニュースにはならない」ことを引き合いに出す。宇宙でも同じように、点検や補給、撤去が日常的なサービスとして定着し、人工衛星の運用を当たり前に支える状態をつくる。それが同社の描くインフラ化の完成形である。
この発想は、ディープテック企業の成長目標として極めて示唆的である。新技術は、実証段階では「世界初」「前例のない挑戦」として注目を集める。しかし、社会インフラとしての成功は、技術の存在が意識されなくなるほど安定し、標準化され、日常の運用に埋め込まれた時に完成する。点検、燃料補給、寿命延長、修理、撤去が衛星運用の標準メニューとなれば、人工衛星は「壊れたら終わり」「燃料が切れたら廃棄」という使い捨て資産から、保守しながら価値を最大化する運用資産へ変わる。
これは宇宙環境の持続可能性だけでなく、衛星事業の投資回収構造を変える可能性を持つ。運用寿命を延ばせれば、一機当たりの経済価値は高まり、故障箇所を確認できれば、全損を前提とした判断を避けられる。運用終了後の撤去を設計段階から組み込めば、将来のリスクと社会的コストも抑制できる。軌道上サービスとは、宇宙空間を「利用する産業」から「維持管理する産業」へ拡張するインフラ転換なのである。
ディープテック実装に向けた3つの示唆
アストロスケールの事業構造と、セックが担う高信頼ソフトウェアの議論から導かれる、未知の技術を社会実装するための示唆は三点に集約される。
1.技術をスペックではなく「社会機能」へ翻訳する
秒速7〜8km、接近距離15m、高度な相対航法という技術仕様だけでは、その価値は非専門家へ届きにくい。「宇宙のロードサービス」という比喩によって、点検、補給、修理、撤去という生活者にも理解可能な機能へ変換することが、市場形成の第一歩となる。専門性を薄めるのではなく、専門性が解決する課題を共有可能な言葉に置き換える能力が必要である。
2.技術、事業、制度を別工程にしない
ディープテックの商用化では、技術完成後に営業と規制対応を始める直列型プロセスがボトルネックとなる。アストロスケールの三軸同時推進は、技術実証、顧客形成、ルール形成を相互に検証しながら進める並列型モデルである。市場が存在しない領域ほど、企業は製品だけでなく、市場を成立させる制度と合意形成まで設計対象に含めなければならない。
3.「話題になる技術」から「意識されないインフラ」へ移行する
世界初の実証は事業の入口であり、終着点ではない。利用者が技術の複雑さを意識せず、必要な時に安全かつ確実に使える状態こそ、インフラ化の完成形である。ニュース価値を追うのではなく、標準化、再現性、安全性、運用継続性を積み上げる経営が、ディープテックを産業へ変える。
今回の議論を通して強く感じたのは、アストロスケールが解こうとしている課題は、単なる宇宙ゴミの処理ではないという点である。人工衛星を使い捨てる産業構造そのものを問い直し、保守、延命、撤去までを含む新しい運用文化をつくろうとしている。その実現には、ロボットアームのような目に見えるハードウェアだけでなく、セックが培ってきたリアルタイムソフトウェア、軌道設計、安全基準、顧客との契約、国際的な合意形成が不可欠となる。
伊藤氏が語った「前例がないので答えがない」という言葉は、この事業の性格を端的に表している。正解が用意されていないからこそ、技術だけではなく、運用、契約、制度まで含めて解を探していく必要がある。松久氏も、軌道計算からハードウェア、ソフトウェアまでを一つのチームで統合しなければならない点に宇宙開発の難しさがあると指摘した。市場がないから参入しないのではなく、答えがない領域で技術、事業、制度を同時に組み立てていく。その統合力こそ、これからのディープテック企業に求められる実装力である。
パーソナリティーが感じたこと——「飛ばして終わり」から、「軌道上で支え続ける」産業へ
今回の議論を通じて私が最も強く感じたのは、宇宙開発には「飛ばす」だけでは完結しない次の産業段階が始まっているということである。人工衛星を打ち上げ、利用し、役目を終えたら放置する。これまで当然とされてきた直線型の運用を、点検、補給、修理、延命、撤去まで含む循環型へ変えられるか。宇宙を利用する能力ではなく、宇宙を持続的に運用する能力が、これからの競争力になる。
ADRAS-Jが本物のデブリへ15mまで接近した成果も、単なる距離記録として見るべきではない。相手の状態を把握し、環境変化を読み、危険があれば退避する一連の判断を、限られた通信環境の中で成立させた点に価値がある。アストロスケールのRPO技術と、セックが培ってきたリアルタイムソフトウェアが示すのは、宇宙ではハードウェアとソフトウェアのどちらか一方だけが優れていても、安全なサービスにはならないという事実である。
同時に、優れた技術があるだけでも市場は生まれない。顧客が価値を理解し、安全に運用するためのルールが整い、社会がその必要性を共有して初めて事業になる。アストロスケールが技術、ビジネス、ルールを同時に進めてきたことは、ディープテックにおける市場創造の本質を示している。「宇宙のロードサービス」という言葉も、難しい技術を分かりやすくするための比喩にとどまらない。新しい産業の役割を社会に定義するための言葉である。
宇宙産業を本当に支えるのは、華やかな打ち上げやミッション成功だけではない。
軌道を計算し、異常時の退避を設計し、限られた時間内に正しい制御を実現するエンジニア。
顧客と契約をつくり、事業として成立させる人。
安全基準を整え、国際的な合意を形成する人。
そして、その技術の意味を社会へ翻訳し、共有可能な言葉に変える人。
目に見えにくい技術と役割が積み重なってこそ、宇宙は持続的に利用できる産業になる。
だからこそ、私が最も重要だと感じたのは、軌道上サービスが「ニュースにはならない」ほど当たり前になる未来である。世界初の接近や除去が注目を集める段階を越え、点検、補給、修理、撤去が衛星運用の標準的な選択肢になる。その時、軌道上サービスは実証技術ではなく社会インフラへ変わる。日本の宇宙ビジネスの持続性を決めるのは、一度の成功ではない。この当たり前を、技術、事業、制度の三つから積み上げ続けられるかどうかである。
