まだない未来を、先に設計する。慶應・佐藤貴彦研究室が挑む「使える量子」の社会基盤

2026.09.11

誤り訂正、通信ルール、アプリケーション——量子装置を社会の道具へ変える、ソフトウェアと長期開発体制の構造論

文:大野泰敬(「SETAGAYA TECH JUNCTION」パーソナリティ)

慶應義塾大学・佐藤貴彦研究室とは?——量子装置と「使えるサービス」の間を埋める研究室

慶應義塾大学理工学部情報工学科の佐藤貴彦研究室は、量子コンピュータ、量子インターネット、そしてそれらを利用するアプリケーションを研究する研究室である。ただし、量子プロセッサーや光を扱う装置そのものを製造しているわけではない。実験系の研究チームと連携し、装置を制御するソフトウェア、通信の手順を定めるプロトコル、OSに相当する仕組みなど、物理的な装置の上に必要となる技術を研究している。

スマートフォンは、半導体だけでは動かない。OSがあり、その上でアプリケーションが動くことで、初めて私たちはメッセージを送り、写真を撮り、仕事を進められる。佐藤研究室が量子技術の世界で担うのも、この「装置が存在すること」と「人が使えること」の間をつなぐ役割である。

最先端技術と、その先にある産業や社会の変化を掘り下げるテクノロジートーク番組「SETAGAYA TECH JUNCTION」。今回迎えたのは、同研究室を率いる准教授の佐藤貴彦氏だ。番組パートナーとして、株式会社セックで量子コンピュータ関連のソフトウェア開発・研究に携わる内田諒氏も参加した。

テーマは、まだ社会に行き渡っていない未来のコンピュータとインターネットを、先に設計すること。対話から浮かび上がったのは、量子技術の可能性だけではない。繊細な量子状態を守る制御、従来の常識が通用しない通信設計、そして成果が見えるまで研究を継続する体制という、社会実装に欠かせない条件だった。

「超すごいが、超脆弱」——量子コンピュータは、守り続けなければ計算できない

量子コンピュータと聞くと、従来のコンピュータを圧倒する、頑丈で強力な計算機を想像するかもしれない。しかし、その内部で情報を担う量子状態は、むしろ非常に繊細である。

従来のコンピュータが扱う情報の基本単位は、0か1の状態を取るビットだ。一方、量子ビットでは、0と1の「重ね合わせ」と呼ばれる状態を扱う。佐藤氏は、これを私たちの日常的な感覚だけで理解する難しさを認めながら、微小な世界にある波の性質を取り上げ、複数の波の状態を制御するようなイメージで説明した。

難しいのは、その特別な状態を維持することである。外部の影響を受けると、計算に必要な量子状態は崩れていく。そこで、量子コンピュータの内部を外の世界からできる限り切り離す必要がある。

ところが、完全に切り離してしまえば、外から操作できない。計算をさせることもできなくなる。

外部の影響から守りたい。しかし、計算のためには外部から制御しなければならない。この相反する要求を両立させることが、量子コンピュータの難しさの一つだ。佐藤氏は、超伝導方式を例に、冷却や外部からの熱・音の影響を抑える工夫が必要になると説明する。

番組では、その繊細さを、体調を崩さないように環境を整え、世話をし続けなければならないひよこに例えた。佐藤氏は「大事、大事に育てている」と応じ、量子コンピュータを端的にこう表現した。

「超すごいんですけど、超脆弱」

これは単なる親しみやすい比喩ではない。量子コンピュータの価値を引き出すには、計算能力そのものだけでなく、その能力を発揮できる状態を維持する技術が不可欠だということである。

量子を支えるのは、従来型のデジタル技術でもある

その繊細さに向き合う技術の一つが、量子エラーへの対処である。

佐藤氏が研究する「デコーダー」は、エラーに関する情報を基に、どのように対処すべきかを判断するための仕組みだ。外部からの影響によって量子状態が崩れていく中で、計算に必要な状態を守り続ける。そのための判断と制御を、デジタル技術で支えようとしている。

ここで重要なのは、量子コンピュータの周囲にある制御の仕組みまで、すべて量子の原理だけで動くわけではないという点だ。佐藤氏は、研究室が扱う上位の仕組みには、私たちが普段知るようなコンピュータの上で、デジタルのプログラムとして動くものがあると説明する。

量子の特殊な状態を利用するために、従来型のコンピュータとソフトウェアが働く。量子技術と既存のデジタル技術は、単純な置き換えの関係ではなく、システムを成立させるために組み合わされる。

佐藤氏がこの分野に入った頃には、エラーに対処する方法が見え始める一方、必要な量子ビット数や、制御を支えるデジタル側の計算量が膨大で、現実的な規模の装置として構成する難しさがあったという。

この話から見えてくるのは、量子コンピュータの開発を「量子ビットを増やす競争」だけでは捉えられないということだ。量子状態をつくる技術と、その状態を守り、計算を進める制御の技術。両者がかみ合って初めて、一つのコンピュータになる。

量子インターネットとは何か——「コピーできない情報」が、通信の常識を変える

もう一つの研究の柱が、量子インターネットである。

佐藤氏は、その役割を、現在のインターネットと従来型のコンピュータ、量子コンピュータを組み合わせるだけでは実現できないアプリケーションを動かすための、新たなインフラとして説明する。

ここで区別すべきなのは、インターネット経由で量子コンピュータにアクセスすることと、量子情報そのものを拠点間でやり取りすることである。後者には、従来の通信とは異なる制約がある。その象徴が、量子情報は、デジタル情報のように自由に完全なコピーをつくれないという性質だ。

写真や文書であれば、手元にデータを残したまま、相手へコピーを送れる。ところが、量子情報では、その感覚をそのまま持ち込むことができない。

佐藤氏は、ファックスを使って例えた。相手側に送ったものが完全に現れるなら、手元にある元のものは失われる。あくまで量子情報の転送を理解するための比喩だが、「念のためコピーを残してから送る」という日常的な操作が通用しないことを、鮮明に示している。

そうなれば、必要なのは通信装置の性能向上だけではない。情報をどう送り、途中でどう中継し、ネットワーク全体をどのようなルールで動かすかを、量子情報の性質に合わせて設計しなければならない。

佐藤氏によれば、必要となる基礎技術や構成要素は見えてきている。しかし、それぞれの性能はまだ十分ではなく、どう組み合わせれば効率よく動くかにも未解決の課題がある。

つまり、量子インターネットは、現在のインターネットの単なる高速版として理解するよりも、従来とは異なる情報を扱うために、通信の仕組みを組み立て直す挑戦として捉える方が、その研究の本質に近い。佐藤研究室がプロトコルやOSの設計に取り組む意味は、ここにある。

「できない」ではなく、「どう作るか」——実現した未来に備える研究哲学

佐藤氏が量子コンピュータを知ったきっかけは、高校時代に読んだSF小説だった。物語に登場した計算機の存在に衝撃を受けたものの、当時は、どうすればつくれるのか、どこへ行けば学べるのかも分からなかったという。

その後、研究の道に入った佐藤氏に影響を与えたのが、最初に所属した研究室の教員の姿勢だった。

「当然できるぞ」

「いつできるかだけは分からないけど、みんなでやろうよ」

この言葉から受け取ったのは、実現しない理由を先に固めるのではなく、実現するための方法を考えるという姿勢である。

ただし、それは、見通しのないものを無条件に信じる態度とは違う。佐藤氏は、研究室や大学によって研究への考え方が異なることを学び、過度に楽観的であってもいけないと感じるようになったと振り返る。

その姿勢を大きく揺さぶった出来事が、IBMによる量子コンピュータのクラウド公開だった。佐藤氏は博士課程で、将来の超伝導量子コンピュータの構成を研究していた。しかし、自分が思い描いていたよりも早く装置へのアクセスが開かれ、その後の数年間で、想定していたプロセッサーの姿へと開発が進んでいったという。

ここで取り違えてはならないのは、佐藤氏自身が量子デバイスを製造したという話ではないことだ。装置を実現した実験・開発の担い手がいて、その装置が登場する未来を前提に、情報工学の側から必要な技術を研究していた人たちがいる。

「できる世界」を先に考えていたことが、実際にその世界が到来したときの準備になる。佐藤氏の歩みは、その研究の意味を示している。

セックの内田氏にとっても、クラウド公開は転機だった。「扱えるんだ」、そして「あるんだ」。いつか携わりたいと思っていた技術が、自分も参加できる対象へ変わったのである。

このエピソードは、技術を公開することの価値も示唆する。装置が存在すると知らせるだけでなく、他の人が触れられるようにする。その変化が、新しい研究者や技術者の参加を生む。先端技術を産業へ育てる上では、性能の向上と同時に、参加できる入口をつくることも重要になる。

使い道から逆算する——未来を予言するのではなく、必要な条件を設計する

佐藤研究室の特徴は、機械が完成してから用途を考えるのではなく、将来のアプリケーションから研究を組み立てることにある。

家庭や社会に、どのような機能があれば便利なのか。現在のデジタル技術の延長だけでは難しいが、量子技術があれば実現できるかもしれないことは何か。そこから、必要な技術と、その実現に向けた条件を逆算する。

もっとも、この方法を取れば将来の有望用途が簡単に分かるわけではない。佐藤氏は、さまざまな案を考えても「8割9割は使いものにならない」と語る。その中に、うまくいくかもしれないものが時折見つかる。しかし、それが10年後、20年後に成功するかは、まだ分からない。

番組では、Windows 95が登場した頃から現在までの変化も話題になった。当時のインターネットから、スマートフォンで多様なサービスやAIを使う今日の生活を、どこまで具体的に想像できただろうか。量子インターネットが広く普及した時代のアプリケーションを、今すべて見通すことにも、同じ難しさがある。

だからこそ、研究の目的は未来を正確に言い当てることではない。使い道の仮説を置き、それを実現するために不足している技術を明らかにし、実際に動く形へ近づけることにある。

実用化までの段階を問われた佐藤氏は、量子インターネットを「道の半ば」と表現した。その上で、2020年代のうちに、どのようなネットワークで、どのようなアプリケーションが動くのかを見せるショーケースへ進めたいと語る。これは広範な普及時期を断言したものではなく、まず実際の動作を通じて可能性を示したいという意欲である。

言葉で未来を説明する段階から、動くものを見て議論できる段階へ進む。その一歩が、研究と社会の距離を縮める。

生成AIが開発を速めても、「正しくできたか」を判断する仕事は残る

研究開発を加速させる存在として、生成AIも議論に上がった。

佐藤氏は、プログラムを書く作業の効率が上がることに加え、量子コンピュータの構成や、エラーへの対処に関わる複雑な理論の効率化にも、AIの活用が入り始めていると説明した。一方で、生成された文章やプログラムが、本当に正しいかを検証する必要性を強調する。

内田氏も、AIで対応できる部分はAIに書かせることで開発が速くなると話す。ただし、量子コンピュータに実行させる「量子回路」と呼ばれるプログラムについては、収録時点では、まだ思いどおりに作成してくれるわけではないという。

ここから浮かび上がるのは、「速く書けること」と「正しく動くと判断できること」は、別の能力だという点である。

さらに佐藤氏は、教育の難しさにも言及した。AIによって学部段階の課題を解けてしまう一方、その先の研究では、問いを入力するだけでは答えが出ない場面に直面する。そこで学生がつまずかないようにするために、何を、どのように学んでもらうかが課題になるという。

この議論は、人材育成にも示唆を与える。AIの活用によって作業を速めることと、生成された結果を理解し、疑い、確かめる力を育てることは、同時に進める必要がある。開発の効率化だけでは、研究を担う人材の育成まで自動的に進むわけではない。

セックが問う「世界での勝ち方」——10年、20年の研究を、誰が支えるのか

量子コンピュータ関連の開発に携わる内田氏からは、率直な問いが投げかけられた。

「世界でやっぱり勝ちたいじゃないですか。どうやったら勝てるんですかね?」

佐藤氏の答えは、特定の技術や短期の成功法則ではなかった。10年、20年という長い計画の中で、多くの人が参加し、プロジェクトが維持される体制が必要だというものだった。そうした体制を組み、参加する企業が現れ、研究を前へ進める大きな力がなければ、競争の中で押し負けかねない。内田氏が、長いマラソンを走り続ける気力と体力が必要なのかと応じると、佐藤氏は論点をさらに一段深めた。

「それを誰が支えるんだ」

研究者に粘り強さを求めるだけでは、長期開発は続かない。その粘り強さを発揮できる環境を、誰が維持するのか。今回の対話を産業の視点から読むと、この問いが極めて重い。

佐藤氏は、日本が量子分野で主導権を取れる可能性は、まだ残っていると見る。ただし、各国の発表する成果や目標の見え方だけで、優劣を単純に判断することには慎重だ。発表の仕方や目標の示し方には違いがあり、見かけほど技術差が大きくない場合もあるという。

その上で重要になるのが、挑戦を率いる企業の存在と、研究者・技術者が集まり、若い世代を育てていく体制である。

セックの内田氏が番組の最後に語ったのは、生成AIも突然生まれたのではなく、研究者たちの長い蓄積が表に現れたものだという認識だった。量子インターネットも、これからの積み重ねが社会を支える基盤につながる。その期待を込めて、内田氏は「みんな一緒に研究やろうぜ」と呼びかけた。

ここにあるのは、完成した技術を買う側として待つのではなく、完成に向かう過程へ参加するという姿勢である。

量子技術の社会実装に向けた、三つの示唆

今回の対話から、企業や新規事業の担い手が受け取れる示唆は、次の三点に整理できる。

1.装置単体ではなく、「使えるシステム」を考える

量子プロセッサーの進歩だけで、社会実装が完了するわけではない。制御、エラーへの対処、通信ルール、アプリケーションまでがつながって、初めて利用できる仕組みになる。自社が関与できる領域を考える際にも、量子デバイスそのものだけに視野を限定しないことが重要だ。

2.未来の用途を断定せず、仮説を動く形へ変える

将来のアプリケーションを完全に予測することは難しい。しかし、予測が難しいことと、何も準備できないことは同じではない。使い道の仮説から必要な技術を逆算し、小さくても実際に動くものへ近づける。その積み重ねが、次の研究課題と参加者を生む。

3.長期研究を、個人の熱意だけに依存させない

10年、20年の開発を続けるには、研究者の意欲だけでなく、それを支える組織と企業、参加者を増やす仕組み、人材育成が必要になる。「誰が最初につくるか」と同時に、「つくれるところまで誰が支え続けるか」を問わなければならない。

パーソナリティーが感じたこと——未来は、装置が完成した瞬間に使えるようになるわけではない

今回の対話で、私の量子コンピュータに対するイメージは大きく変わった。

それまで思い描いていたのは、強大な計算能力を持つ、いわばスーパーヒーローのような存在だった。しかし、実際に話を聞いて見えてきたのは、その力を発揮するために、外部の影響から守られ、絶えず制御されなければならない繊細さである。

そして、その繊細な装置を「使えるもの」に変えようとしている人たちがいる。量子の物理現象だけに目を向けていては見えなかった、ソフトウェアと情報工学の仕事である。

量子インターネットも同じだ。情報を送るための装置ができれば、すぐに私たちが日常的に使えるネットワークになるわけではない。コピーできない情報をどう扱うか。どのような通信ルールをつくるか。その上で、どのようなサービスを実現するか。装置と生活の間には、設計しなければならない多くの仕組みがある。

佐藤氏の姿勢から私が感じたのは、楽観することと、準備することの違いだ。

「いつかできるだろう」と期待するだけでは、未来への備えにはならない。一方で、「まだできていないから」と距離を置けば、実現したときに必要な知識を蓄積できない。佐藤研究室は、できる未来を一つの前提として、そのとき必要になる仕組みを今から考えている。

セックの内田氏が示したのも、その未来を外から眺めるのではなく、開発の当事者として参加する姿勢だった。

未来を待つのではなく、未来を使えるようにする条件を、今つくる。

量子技術を社会の基盤へ育てるのは、装置の進歩だけではない。装置を動かす人、情報をつなぐルールを考える人、生成されたプログラムを検証する人、そして長い挑戦を支える人たちである。佐藤氏と内田氏の対話は、その見えにくい仕事の中に、日本がこれから積み上げるべき可能性があることを示していた。


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