AIエージェント時代、企業の競争力は「データをどうつなぐか」で変わる。NTTデータが挑むデータスペースとデジタルトラスト

2026.10.16

笑顔を見せるNTTデータグループの八木拓馬氏

企業内に眠る現場データを、データ主権と信頼を重視しながら企業・業界を越えて活用する。技術の整備とともに、「データを出す理由」をどう設計するかが問われている。

文:大野泰敬(「SETAGAYA TECH JUNCTION」パーソナリティ)

量子コンピューター、AI、宇宙、ロボティクス、高度センシング。SETAGAYA TECH JUNCTIONでは、最先端技術を単なる技術紹介で終わらせず、それが企業の意思決定や事業のつくり方をどう変えるのかまで掘り下げている。今回のテーマは、AI時代の企業競争力を支える「データスペース」と「デジタルトラスト」だ。

ゲストは、株式会社NTTデータグループ 技術革新統括本部 Innovation技術部 主任の八木拓馬氏。入社後はデータ分析や生成AI関連の研究開発に携わり、その後、データスペースの普及展開へ軸足を移した。現在は東京大学とも連携しながら、国際的な相互接続実証、技術者育成、データスペースを支える技術の研究・普及に取り組んでいる。

八木氏とともにこのテーマを考えるのが、番組パートナーである株式会社セック 研究企画室 テクニカルマネジャーの杉江卓哉氏だ。各部門の研究活動を取りまとめ、社内で生成AIの普及・推進も担っている。

AIが高度になれば、企業の仕事は自動的に高度になるのか。実際には、そう単純ではない。公開情報だけを使うAIと、自社の顧客、設備、現場、取引、ノウハウまで理解したAIでは、できる仕事が違う。しかし、そのデータの多くは社内に閉じ、部門ごとに分断され、ときにはデータ化すらされていない。さらに、機密性や利用条件への配慮も必要になる。

ここにデータスペースの意味がある。データを一か所に集めるのではなく、提供者が共有範囲や利用条件を管理しながら、必要な相手とつなぐ。AI時代の競争は、モデルの性能だけでなく、価値あるデータを安全に事業へ接続できるかどうかへ広がっている。

データスペースは「巨大な共有データベース」ではない

データスペースという言葉は、巨大なクラウドや共通データベースを想像させる。しかし、八木氏が説明するデータスペースは、一つの製品や単一のシステムではない。複数の企業や組織が、自分たちのデータを自ら管理したまま、必要な相手と連携し、参加者同士が価値を得るためのエコシステムである。

八木氏が構成要素として重視するのは、必要なデータを発見する仕組み、データそのものの信頼性を確かめる仕組み、そして提供者と利用者が互いの信頼を確立する仕組みだ。データ共有方式の共通化に加え、ルールやガバナンスを組み合わせて初めて、企業を越えた連携が成り立つ。

データの持ち方にも特徴がある。八木氏の説明では、データ自体は提供者の手元に置き、どのようなデータを持っているかを参加者に知らせる。利用を希望する相手とは、あらかじめ定めた条件や個別の合意に基づいてやり取りする。データ主権とは、こうした共有範囲や利用条件を提供者が主体的に定め、管理する考え方である。

八木拓馬氏(中央)。

AIが賢くなるほど、企業内の「埋没データ」がボトルネックになる

八木氏がデータスペースをAIの文脈から説明する理由は明快だ。AIエージェントの活用が業務へ広がるほど、公開情報だけでは届かない仕事が増えるからである。

企業には、外部から見えない膨大な知識がある。顧客ごとの対応履歴、工場の運転条件、熟練者の判断、障害対応の記録、商談の経緯、物流の癖、品質管理のノウハウ。こうした情報は、企業が長年の事業活動で蓄積してきた競争資産だ。一方で、ファイルや業務システムの中に埋もれ、AIが利用できる形になっていないケースも多い。

研究と社内での活用をつなぐ立場にある杉江氏も、生成AIが広がるほど、必要なデータを扱う基盤の価値が高まるのではないかと捉えている。

八木氏がこの領域に向かった背景には、AIを動かす前の環境構築に面白さを見いだした経験がある。データ分析やAIの業務では、分析基盤を用意することが出発点になる。サーバーやプロセッサーの連携に関心を持ち、関連する論文を読むうちに、次第に基盤そのものへ専門を移したいと考えるようになった。

その選択には、問題を切り分けて理解できることへの関心もある。AIは同じ条件でも出力が変わり、結果の理由を完全には説明できないことがある。一方、基盤では、ログ、設定、通信経路、依存関係をたどりながら原因を探れる。八木氏にとって、この再現性や原因を追える性質が、自分の問いを突き詰める姿勢に合っていた。

研究の出発点は、大学時代の人工衛星画像の解析だった。ゲリラ豪雨を予測する難しさに疑問を持ち、積乱雲の発達を早期に検知できないかと取り組んだ。入社後は研究対象そのものから、それを支えるコンピューターサイエンスへ関心が移った。現在は、企業内にある公開されていないデータをAIに生かす上で、データスペースに取り組む価値を感じている。

これは経営に置き換えると分かりやすい。高性能なAIを導入しても、社内の重要データへ安全にアクセスできず、業務固有の文脈を理解できなければ、一般論を返すだけの仕組みになりやすい。AI投資の次の論点は、モデル選定から「自社のデータをどう使える状態にするか」へ移っていく。

AIが賢くなるほど、企業内の「埋没データ」がボトルネックになる

八木氏がデータスペースをAIの文脈から説明する理由は明快だ。AIエージェントの活用が業務へ広がるほど、公開情報だけでは届かない仕事が増えるからである。

企業には、外部から見えない膨大な知識がある。顧客ごとの対応履歴、工場の運転条件、熟練者の判断、障害対応の記録、商談の経緯、物流の癖、品質管理のノウハウ。こうした情報は、企業が長年の事業活動で蓄積してきた競争資産だ。一方で、ファイルや業務システムの中に埋もれ、AIが利用できる形になっていないケースも多い。

研究と社内での活用をつなぐ立場にある杉江氏も、生成AIが広がるほど、必要なデータを扱う基盤の価値が高まるのではないかと捉えている。

八木氏がこの領域に向かった背景には、AIを動かす前の環境構築に面白さを見いだした経験がある。データ分析やAIの業務では、分析基盤を用意することが出発点になる。サーバーやプロセッサーの連携に関心を持ち、関連する論文を読むうちに、次第に基盤そのものへ専門を移したいと考えるようになった。

その選択には、問題を切り分けて理解できることへの関心もある。AIは同じ条件でも出力が変わり、結果の理由を完全には説明できないことがある。一方、基盤では、ログ、設定、通信経路、依存関係をたどりながら原因を探れる。八木氏にとって、この再現性や原因を追える性質が、自分の問いを突き詰める姿勢に合っていた。

研究の出発点は、大学時代の人工衛星画像の解析だった。ゲリラ豪雨を予測する難しさに疑問を持ち、積乱雲の発達を早期に検知できないかと取り組んだ。入社後は研究対象そのものから、それを支えるコンピューターサイエンスへ関心が移った。現在は、企業内にある公開されていないデータをAIに生かす上で、データスペースに取り組む価値を感じている。

これは経営に置き換えると分かりやすい。高性能なAIを導入しても、社内の重要データへ安全にアクセスできず、業務固有の文脈を理解できなければ、一般論を返すだけの仕組みになりやすい。AI投資の次の論点は、モデル選定から「自社のデータをどう使える状態にするか」へ移っていく。

技術だけでは普及しない。企業がデータを提供する理由をどうつくるか

データスペースの普及に向けて、八木氏が大きな課題と捉えるのが、自社の競争力の源泉となるデータを他社へ提供することへの心理的な抵抗だ。接続や信頼確立の技術開発は引き続き必要だが、技術が整うだけで企業が参加するとは限らない。

考えてみれば当然だ。データを提供する側には、機密性、競争力、誤利用、契約上の責任などへの懸念がある。一方、データを受け取る側だけに価値が生まれるのであれば、提供側に参加する理由はない。技術的に安全であることは必要条件だが、それだけではデータは動かない。

八木氏は、データを提供することで得られる便益が、提供に伴うリスクを上回る設計が重要だと考えている。その具体例として挙げるのが、複数企業が関わるサプライチェーン全体の最適化、災害などの脅威・リスク情報の共有、データそのものの取引といった領域だ。

規制対応は、分かりやすいインセンティブの一つになる。例えばサプライチェーン全体でトレーサビリティ情報を求められる状況では、企業間でデータをつなぐことが、単なるIT投資ではなく事業継続の条件になる。一方、八木氏が目指すのは規制対応だけではない。データを出すことで新しいサービスが使える、全体の効率が上がる、新しい収益が生まれるといった、前向きな経済合理性をつくることである。

八木氏が重視する進め方は、小さな成功体験を積み重ねることだ。互いに依存し合う業務の中で、データを共有すればロスを減らせる、より効率よく生産や運搬ができる、といった場面を見つける。まず限定した範囲で試し、提供する側にも効果があると実感できれば、心理的な抵抗を下げるきっかけになると考えている。

データをつなぐには、信頼の設計が必要になる

企業間でデータを連携するには、共有範囲や利用目的を明確にし、その条件を実際の仕組みと運用に落とし込む必要がある。利用者の確認やアクセス制御などの技術に加え、契約上の取り決めや利用状況の確認を組み合わせて管理する。データの提供を止めることと、すでに相手へ渡ったデータを完全に回収することは同じではない。データスペースへの参加だけで、共有後の利用をあらゆる場面で完全に制御できると捉えるのは適切ではない。

AIエージェントが企業活動へ広がるほど、データの品質だけでなく、誰がどの目的で利用するのかを整理する重要性も高まる。八木氏は、データを悪用する相手へ簡単に渡さず、AIの力になるような基盤を目指している。八木氏が展望するのは、AIが利用者に必要なデータを自ら発見し、許可された範囲で分析に使う姿だ。

社会実装には、技術だけでなく実証と人材育成が欠かせない

具体的な活用領域の一つが、蓄電池のトレーサビリティだ。八木氏は、製造から廃棄・リサイクルまでを見据えた企業間の情報連携を挙げる。NTTデータの「バッテリートレーサビリティプラットフォーム」が提供開始時に備えたのは、バッテリー製造時のカーボンフットプリント情報を企業間で集計・連携する機能だ。ライフサイクル全体の情報連携を目指す取り組みを、具体的な用途から進めている。

杉江氏が具体的な用途として注目するのは、サプライチェーンを強固かつ安全に維持・管理することだ。世界情勢が不安定になる中で、物がどう流れているのかを把握し、安心して情報を共有できることには価値がある。この視点は、八木氏が挙げる蓄電池のトレーサビリティともつながる。

こうしたデータ連携を事業上の成果へ結びつけるには、何を改善したいのかを明確にし、利用の効果を確かめていくことが重要になる。

NTTデータは「東京大学データスペース技術国際テストベッド」にも取り組んでいる。データスペースを実際に試せる場を設け、技術者やビジネスに携わる人々と、利用の可能性を探っている。八木氏自身、背景の異なる参加者と議論する中で、データ提供者のインセンティブが課題だと気づいたという。

テストベッド活動の様子。

テストベッドは、接続技術を試すだけの場ではない。参加者によって期待することが異なるため、どの要望を取り込み、どう事業として成り立たせるかも検討が必要になる。八木氏は、企業の日々の業務から生まれるアイデアをコミュニティに持ち込み、仲間と議論し、動かしてみるところから始めてほしいと考えている。実際に試すことが、技術の理解と用途の具体化の両方につながる。

杉江氏は、社会の安全や安定を支えるという価値について関係者が認識をそろえ、地道な連携と協議を重ねながら事例をつくることが、ビジネスの機会を見つける道になると考えている。専門性の高い領域では、大学との連携も社会実装を進める力になるという見方だ。データをつなぐ技術と、それを現場で使い続けられる関係づくりの両方に目を向けている。

ビジネスとして見ると、データスペースは「眠っている資産」の価値を変える

企業が持つデータは、保有しているだけでは事業価値にならない。意思決定を変える、顧客体験を変える、コストを下げる、新しい売上をつくる。そのどれかにつながって初めて経営資産になる。

企業間の連携では、自社単独では価値が限定される情報も、相手の情報と組み合わせることで使い道が変わる。例えば、生産状況と運搬の状況をつなぎ、工程間の待ち時間やロスを把握できれば、改善する対象が見えてくる。これは八木氏が重視する、企業同士の依存関係から用途を探す発想だ。大きなデータ市場を先に構想するだけでなく、日々の取引のどこで情報が足りず、判断が遅れているかを見ることが出発点になる。

一方で、何でも共有すればよいわけではない。競争領域と協調領域を分け、どこを共通化し、どこを自社だけの強みに残すのかを考える必要がある。だからこのテーマはIT部門だけの話ではない。事業戦略、知財、法務、営業、経営企画まで関わる経営テーマである。

経営者が考えるべきは「どのAIを使うか」の一歩手前にある

生成AIやAIエージェントの議論では、どのモデルやサービスを選ぶかに目が向きやすい。企業固有の価値につなげるには、その前提となるデータ戦略を具体化したい。経営者や事業責任者にとっての検討点は、大きく三つある。

1. 改善したい業務と判断を定める

データを集める前に、改善したい業務と判断を定める。欠品を減らしたいのか、設備の異常に早く気づきたいのか。目的を一つに絞ると、手元にある情報と不足している情報を整理しやすい。データの量だけでなく、更新頻度、意味のそろい方、実際に利用できる状態かを確かめる必要がある。

2. 共有する範囲と守る範囲を決める

共有する範囲と守る範囲を、相手との関係に応じて決める。競争力に直結する情報をそのまま渡す必要があるのか、集計した情報で目的を果たせるのか。提供先、用途、期間、利用をやめる際の扱いを整理し、技術・契約・運用のそれぞれで何を担保するかを確認する。便利さと管理の負担を同時に見積もることが欠かせない。

3. 小さく試し、継続する判断基準を決める

小さく試す際には、継続する判断基準も決めておきたい。つながったかどうかだけでなく、判断が早くなったか、作業やロスが減ったかを確認する。準備や運用にかかる負担も含めて比較すれば、対象業務や参加企業を広げるべきかを考えやすくなる。目的、共有条件、検証方法をそろえることで、データ活用は具体的な事業判断になる。

八木氏が経営者や起業家と形にしたいのも、自社のデータと他社のデータを組み合わせて新たなサービスを考えることだ。日々の業務にある「こんな情報があれば」という着想を持ち寄り、実際に試しながら確かめる。データスペースは、その検討を進めるための基盤であり、協力する相手と出会う場でもある。

パーソナリティーが感じたこと——技術の実現と事業の成立をつなぐ

今回のテーマを新規事業の視点で見ると、私が大切だと感じるのは、「できる」と「続く」を分けて考えることだ。データの接続が技術的に実現しても、現場の仕事が変わり、継続して利用されるかは別の問題である。

新しい仕組みを導入するとき、現場にはデータを整え、条件を確認し、運用を引き受ける仕事が生まれる。その負担を含めて業務が良くなるのか。技術の可能性に期待するからこそ、使う人の仕事に落とし込んで考えたい。

八木氏の話で印象に残るのは、基盤をつくる技術者でありながら、異なる立場の人と試し、議論する中で、事業としての課題を見つけている点だ。杉江氏のサプライチェーンという視点が重なると、データ連携の価値も、抽象的な効率化から、現実の産業を支える課題へと近づいて見える。

日本企業には、製造、物流、インフラ、店舗、保守、サービスの現場で積み上げてきた知識がある。それをAIにどう利用させ、どの業務へ組み込み、どこまで任せるか。こうした判断には、データを扱う技術だけでなく、現場を知る人の経験が必要になる。

最初から大きな構想を完成させる必要はないと思う。自社の業務で一つ、情報が足りずに困っている場面を見つけ、協力する相手と試す。その結果を確かめて次へ進む。技術の実現を事業の成立へつなぐには、こうした具体的な一歩を重ねることが大切だ。

もう一つ、印象に残ったのが八木氏の笑顔だ。収録中は終始明るく、後日送っていただいたプロフィール写真も、やっぱり笑顔だった。難しい技術の話をしていても、どこか親しみやすい。そんな八木氏らしさが、写真にもそのまま表れていた。

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