量子コンピューターの「頭脳」をつくる——Quemixが挑むFTQC時代のソフトウェア競争
2026.09.04

NISQ全盛期に「本当に速くなるもの」へ振り切った研究者集団。材料計算、クラウド、そして日本が量子ソフトで巻き返す可能性
文:大野泰敬(「SETAGAYA TECH JUNCTION」パーソナリティ)
量子計算、宇宙開発、次世代医療、生命科学、ロボティクス、高度センシング——新産業の起点となる最先端技術の産業実装を論理的に解剖し、ビジネス創出の知見を発信するテクノロジートーク番組「SETAGAYA TECH JUNCTION」。
今回のテーマは、量子コンピューターのハードウェアではない。その計算能力を、企業が実際に使える価値へ変換する「頭脳」、すなわちアルゴリズムとソフトウェアである。
スタジオに迎えたのは、株式会社Quemix代表取締役CEOの松下雄一郎氏。東京大学で博士号を取得後、ドイツのマックス・プランク研究所、東京大学、東京工業大学などで研究を重ね、スーパーコンピューター「富岳」につながる国家プロジェクトにも携わってきた。現在は経営者でありながら、研究者として量子技術と材料科学の研究も続けている。番組パートナーは、株式会社セックで量子技術推進責任者を務める内田諒氏。セックが量子コンピューターと利用者をつなぐクラウドや基盤側の技術を担うのに対し、Quemixはその上で動くアルゴリズムとアプリケーションを開発する。

今回の対話から見えてきたのは、量子コンピューターを巡る競争が、巨大なハードウェアの性能だけでは決まらないという事実である。計算機を「使えるもの」にするソフトウェア、その実装速度、そして産業課題との接続こそが、次の競争領域になりつつある。
課題構造の再定義:量子コンピューターは、ハードだけでは産業にならない
量子コンピューターという言葉から、多くの人がまず想像するのは、研究施設やデータセンターに置かれた巨大な装置だろう。確かにハードウェアは不可欠である。しかし、計算機は完成しただけでは価値を生まない。どの問題を、どのアルゴリズムで解き、その結果を企業の研究開発や意思決定へどう戻すのか。その一連の仕組みがあって初めて産業になる。
松下氏は番組の中で、現在のコンピューターで動くソフトウェアを量子コンピューターへ持っていっても「1mmも動かない」と説明した。量子コンピューターには、その計算原理に合わせた独自アルゴリズム「PITE®(確率的虚時間発展法)」をはじめとする、量子計算に最適化されたアルゴリズムとソフトウェアが必要だからだ。構造を単純化すると、量子産業は次のような階層で成立する。
量子産業は、ハードウェアを起点に、制御・クラウド、量子アルゴリズム、業務アプリケーションへと価値が積み上がり、最終的に材料・化学・製造業などの具体的な産業課題へ接続される多層構造である。
セックとQuemixの関係は、この階層を理解する上で象徴的である。セックはOSやクラウドに近い基盤層、Quemixはその上でユーザーが直接価値を得るアプリケーション層を担う。つまり、量子コンピューターを自社で製造しなくても、量子産業へ参入する余地は大きい。クラウド、ミドルウェア、アルゴリズム、業界特化アプリケーション、データ、コンサルティング。ハードウェアの上には、巨大なソフトウェア産業が形成される可能性がある。
材料開発を「計算」に移す——Quemixが狙う最初の産業実装
Quemixが現在取り組む代表的な領域が、材料計算である。物質は原子の組み合わせからできている。原子の配置や組成を変えれば、電気的性質、強度、熱特性、反応性なども変化する。従来、新しい材料を探すには、多数の候補を実際につくり、測定し、評価する試行錯誤が必要だった。Quemixは、この探索の一部をコンピューター上へ移す。仮想空間に原子を並べ、新しい物質をつくり、「もしこの材料をつくったら、どのような性質を示すのか」をシミュレーションする。
主な利用者として想定されるのは、化学、素材、自動車、半導体などの製造業だ。よりエネルギー密度の高い電池材料を探したい。より小型で高性能なデバイスをつくりたい。新しい機能を持つ材料を、従来より短い時間で見つけたい。こうした課題に対し、計算機上で候補を絞り込めれば、実験回数を減らし、従来のスーパーコンピューターで1か月かかっていた計算を半日〜1日に縮小し、研究開発の速度を圧倒的に加速させる。
ここで重要なのは、利用者が量子コンピューターの専門家になる必要はないという点である。松下氏が説明した構想では、現在は古典コンピューターで動いているクラウド型の計算サービスを、量子ハードウェアの成熟に合わせて裏側から置き換えていく。ユーザーは同じように入力し、結果を受け取る。しかしバックエンドでは、より高速な計算方式へと切り替わっていく。
これは「量子コンピューターを使う」ことを目的とする発想ではない。
量子を意識しなくても、企業が結果として量子計算の恩恵を受けられる状態をつくる。Quemixの狙いは、量子技術そのものを売るのではなく、研究開発の時間を短縮する価値へ変換することにある。
「量子だから速い」では意味がない——Quemixが置いた厳しい基準
Quemixの思想を理解する上で、番組中に何度も登場した言葉がある。
「本当に速いのか」
量子コンピューターという名前が付いているからといって、あらゆる計算が古典コンピューターより速くなるわけではない。量子アルゴリズムとして成立していても、実際には古典側の優れたアルゴリズムの方が速い場合もある。理論的には面白くても、産業で求められる規模にすると優位性が消えることもある。
松下氏は、量子コンピューターの研究が盛り上がる中でも、「これ、本当に古典より速いのか」と感じる技術が少なくなかったと振り返る。そのためQuemixは、研究テーマの選択に厳しい条件を置いた。
古典コンピューターより、本当に速くなるものに集中する。
この基準は、単なる計算速度の話ではない。顧客にとっては「量子を使った」という事実より、研究開発期間を何日短縮できたのか、どれだけ大きな問題を解けたのか、製品開発にどのような差を生んだのかが重要だからである。新技術の事業化では、技術名称そのものが目的化しやすい。AIを使うこと、量子を使うことがゴールになってしまう。しかし本来問うべきなのは、「従来技術に対して何が改善されるのか」である。Quemixの「速さ」への執着は、量子を研究対象から産業技術へ変えるための評価軸と言える。
世界がNISQへ向かう中、FTQCへ振り切った
Quemixを特徴づける最大の技術判断が、NISQではなくFTQCを見据えたことである。松下氏が量子コンピューター分野へ入った約10年前、世界の研究開発の中心にあったのがNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum)だった。現在の量子コンピューターは、計算途中にノイズによるエラーが発生する。そこで「不完全な量子コンピューターでも、何か役に立つ計算ができないか」を追求するNISQ研究へ、多くの研究者が集中した。松下氏の表現では、当時は「99%と言ってもいいほど」がNISQへ向かっていたという。しかしQuemixは、そこに完全には乗らなかった。狙ったのはFTQC(Fault-Tolerant Quantum Computing)。量子誤り訂正を行いながら、長く正確な計算を続けられる完成形に近い量子コンピューターである。当時のFTQCは遠い未来とされていたが、2023年12月に『Nature』誌で48論理量子ビットの成果が発表されたこと等を機に潮目が一変。しかしQuemixは、そこに完全には乗らなかった。狙ったのはFTQC(Fault-Tolerant Quantum Computing)。量子誤り訂正を行いながら、長く正確な計算を続けられる完成形に近い量子コンピューターである。当時のFTQCは、あまりにも遠い未来の技術と見られていた。営業先では「何十年先の話をしているのか」「2050年、2060年の話ではないのか」と言われる。松下氏自身も帰りの電車の中で、「経営者として判断を間違えたのではないか」と落ち込んだことがあったという。それでも方針は変えなかった。研究者たちと議論を重ねるたびに、「NISQでは良いものの見通しが立っていない。FTQCなら良いアルゴリズムをつくれる」という結論に戻ってきたからだ。その後、FTQCを取り巻く状況は大きく変化した。2023年12月には『Nature』誌で48論理量子ビットの成果が発表されるなど、かつて遠い未来と考えられていたFTQCが現実的な開発ターゲットとして語られるようになっている。
振り返れば、Quemixの選択は経営者個人の直感による賭けというよりも、研究者たちの技術的な見立てを信じ続けた結果だったと言える。松下氏自身、帰りの電車の中で「経営者として判断を間違えたのではないか」と落ち込んだこともあったという。それでも変えなかった。社内の研究者たちと話すと、「NISQでは良いものの見通しが立っていない。FTQCなら良いアルゴリズムをつくれる」という結論に戻ってくるからだ。
事前ヒアリングでも、松下氏は「自社研究者を100%信じる」と語っている。研究者が研究以外のことを極力考えず、能力を100%研究へ投入できる環境をつくり、その研究者が示した技術見積もりを経営側が信じる。
FTQCへの転換は、経営者一人の賭けではない。研究者集団の技術判断を、そのまま経営判断へ接続するQuemixの組織文化が生んだ選択だった。
「世界で自分しかできない」は価値なのか——富岳で突きつけられた一言
Quemixの「実用性」への執着には、松下氏の研究者時代の原体験がある。スーパーコンピューター「富岳」につながる国家プロジェクトで、松下氏たちは、世界でもほとんど誰もできないような高度な計算に挑んでいた。研究者としては誇らしい成果である。「世界で自分たちしかできない」ということ自体が、大きな価値に思えた。ところが発表会場で、企業参加者が小声で話しているのが聞こえた。
「面白いけれど、実用的ではないよね」
松下氏は「それなら面と向かって言ってほしい」と笑いながら振り返ったが、その一言は大きな転機になった。世界で自分しかできないことと、多くの人が使えることは違う。スーパーコンピューターを使える一部の研究者しか扱えない技術ではなく、企業が手軽に使えなければ産業にはならない。この経験が、Quemixの「本当に速いのか」「本当に役に立つのか」という思想につながっている。研究成果を論文で終わらせない。計算手法を専門家だけのものにしない。ソフトウェアへ落とし込み、企業が実際に使える状態まで持っていく。「最先端であること」と「社会実装されること」の間には、大きな距離がある。Quemixは、その距離そのものを埋めようとしている。
会社をつくった理由は、市場ではなく「この仲間と研究を続けたい」
もう一つ、Quemixを理解する上で欠かせないのが創業理由である。松下氏が会社を始めたきっかけは、量子市場が大きくなると予測したからではなかった。国の研究プロジェクトで出会ったメンバーと、「もっと長く一緒に研究したい」と思ったからである。国のプロジェクトには期限がある。3年なら3年で予算が終わり、研究チームも解散する。それなら、自分たちでお金を稼ぎ、自分たちで研究を続けられる仕組みをつくればいい。その答えが会社だった。
一般的な企業では、まず事業があり、その事業に必要な人材を採用する。Quemixは逆である。Quemixは、事業ありきで人材を集めた会社ではない。まず「この仲間と研究を続けたい」という意思があり、その研究を継続可能にする器として会社が設計された。人材を起点に研究テーマと事業を組み立てる、一般的な企業とは逆向きの創業プロセスである。この順序だからこそ、松下氏は「研究者の力を最大限に発揮させること」を経営の中心に置く。ヒアリングシートには「千里の馬は常にあれども、伯楽は常にはあらず」という言葉も記されている。優れた才能を持つ人はいる。しかし、その才能を見抜き、活躍できる環境をつくる人は常にいるわけではない。
Quemixを研究者にとっての「伯楽」にする。
これは人材論であると同時に、同社のR&D戦略でもある。最先端技術の競争では、優秀な研究者を採用するだけでは足りない。その研究者が能力を最大まで出せる組織をつくれるかが、技術力そのものを左右する。
セック×Quemix——量子ソフトウェア産業は「レイヤー」で見る
今回、セックの内田氏が番組パートナーとして入ったことで、量子コンピューティングの産業構造も鮮明になった。セックが担うのは、量子ハードウェアとユーザーを接続するクラウドや制御など、より基盤に近い層である。その上にQuemixのようなアルゴリズム、さらに材料計算などのアプリケーションが乗る。
量子ソフトウェア産業を構成する4つのレイヤー
レイヤー | 主なプレイヤー | 主な役割 |
制御・クラウド基盤 | セックなど | ハードと利用者・アプリを接続 |
アルゴリズム | Quemixなど | 量子計算に適した計算手法を設計 |
アプリケーション | Quemixなど | 材料・化学などの業務課題を解く |
産業実装 | 製造業・研究開発部門 | 研究開発の意思決定・製品開発へ活用 |
このレイヤー構造を見ると、量子産業の勝負がハードウェア企業だけのものではないことが分かる。
むしろ利用者に近いアプリケーション層では、どの産業課題を知っているか、どの企業と一緒に問題を定義できるか、どのアルゴリズムを組み合わせられるかが競争力になる。ハードとソフト、研究者と製造業、基盤とアプリケーション。その接続面をどれだけ早く押さえられるかが、量子時代の事業開発では重要になる。
日本は「量子ソフトウェア」で巻き返せるのか
番組の終盤で、私は松下氏に「量子コンピューター時代、日本はどこで勝てるのか」と聞いた。正直に言えば、収録前の私は日本の強みはハードウェア側にあるのではないかと思っていた。しかし松下氏が挙げたのは、ソフトウェアだった。現在のコンピューター産業では、OS、クラウド、検索、SNS、生成AIなど、多くの領域で海外企業が圧倒的な存在感を持つ。「日本はソフトウェアが弱い」と言われる背景でもある。ところが量子コンピューターでは、競争条件が一度リセットされる。現在のソフトウェアをそのまま量子コンピューター上で動かすことはできない。新しい計算機に対応するアルゴリズムとアプリケーションを、世界中がゼロからつくり直さなければならない。内田氏はこれを「グレートリセット」と表現した。さらに松下氏は、海外ではハードウェアへの注目が強い一方、日本企業では「そのハードができた時に何へ使うのか」「自社事業にどう役立てるのか」という利用側への問題意識が強いと見る。
日本には材料、化学、自動車、電子部品、半導体など、量子計算と接続し得る製造業の厚い基盤がある。だとすれば、日本の勝ち筋は、世界最高性能の量子コンピューターを一社でつくることだけではない。日本企業が持つ難しい産業課題と、量子アルゴリズムを接続し、それを世界で使われるソフトウェアへ変換する。そこには、現在のIT産業とは異なる競争の可能性がある。
ディープテック実装に向けた3つの示唆
Quemixの技術選択とセックとのレイヤー構造から、量子に限らないディープテック事業化への示唆は三つに整理できる。
1.「最先端か」ではなく「既存技術より価値があるか」で評価する
新技術を採用したという事実ではなく、従来手法よりどれだけ速いのか、安いのか、解ける問題が増えるのかを評価軸にする。技術名称ではなく、比較可能な優位性を定義することが実装への第一歩になる。
2.市場が立ち上がる前に、技術資産を蓄積する
FTQCが遠い未来だと考えられていた時期からQuemixは研究を続けた。市場が見えてから参入すれば安全だが、技術蓄積では後手に回る。ディープテック経営では、「理解されない期間」を耐えながら、どの技術を積み上げるかという時間軸の設計が必要になる。
3.ハード単体ではなく、産業スタック全体を見る
ハードウェア、制御、クラウド、アルゴリズム、アプリケーション、顧客課題。どこか一つだけでは価値は完成しない。自社がどのレイヤーを担い、誰と接続することで最終ユーザーまで価値を届けられるかを設計することが重要である。
パーソナリティーが感じたこと——量子時代の本質は「計算機の更新」ではなく、産業アーキテクチャの再設計にある
今回の対話を通じて私が最も重要だと感じたのは、量子コンピューターを単なる「高速な次世代計算機」として理解するだけでは、本質を捉えきれないということである。量子計算の実用化がもたらす変化は、計算速度の向上にとどまらない。ハードウェア、制御、クラウド、アルゴリズム、アプリケーション、そしてそれを利用する企業の研究開発プロセスまで含め、計算産業のアーキテクチャそのものが再編される可能性がある。現在のIT産業では、OS、クラウド、検索、生成AIなど多くの領域で海外企業が強固なポジションを築いている。その優位性は、ソフトウェア資産、開発者エコシステム、顧客基盤、データといった複数の要素が長年にわたって積み上がった結果であり、後発企業が正面から覆すことは容易ではない。
一方、量子コンピューターでは、既存の古典コンピューター向けソフトウェアをそのまま移植することができない。新しい計算原理に対応したアルゴリズムとソフトウェアを再設計する必要がある。内田氏が語った「グレートリセット」という表現は、単に全員が同じスタートラインに戻るという意味ではなく、これまでの競争優位が一部再評価され、新しいレイヤーで主導権を取り直せる局面が生まれることを示しているように思う。
ただし、競争条件が変わるからといって、日本が自動的に有利になるわけではない。日本に勝機があるとすれば、材料、化学、自動車、半導体をはじめとする製造業が持つ高度な産業課題、現場知、研究開発データを、量子アルゴリズムとソフトウェアへどこまで変換できるかにかかっている。つまり競争の焦点は、量子技術そのものの保有ではなく、「産業課題を計算可能な問題へ変換し、それを再現性のあるソフトウェアとして実装できるか」に移っていく。その観点から見ると、Quemixの価値は、単にFTQCへ早く賭けたことだけではない。同社が一貫して置いてきたのは、「本当に古典コンピューターより速いのか」「本当に産業で使えるのか」という評価基準である。これは流行を予測する能力というより、自ら技術の成立条件を定義し、その条件を満たさないテーマには安易に寄らないという研究開発上の規律だと捉えた方がよい。
ディープテックの経営では、市場が立ち上がった後に追随する方が説明はしやすい。逆に、市場から理解されていない段階で選択と集中を続けるには、技術への深い洞察だけでなく、限られた人材と資金をどこへ配分するかという経営判断が必要になる。QuemixがNISQ全盛期にFTQCへ軸足を移し、その判断を研究者集団の見立てと接続してきた点は、研究開発型企業の経営モデルとして非常に示唆的だった。
また、「この仲間と研究を続けたい」という創業の原点も、単なる美談として捉えるべきではないと思う。最先端領域では、優秀な研究者そのものが最も希少な経営資源の一つになる。であれば、研究者が高い集中度で研究に取り組み、知見をアルゴリズムや知的財産へ変換できる環境を設計することは、人事施策ではなく競争戦略そのものである。Quemixが「研究者の力を最大限に発揮させる」ことを重視する背景には、人的資本を研究成果、アルゴリズム、製品へつなげる明確な経営論理がある。
さらに重要なのは、量子産業が単一企業の技術だけでは完成しないことである。セックのようにハードウェアと利用者を接続する基盤・制御レイヤーがあり、Quemixのようにアルゴリズムと産業アプリケーションを担う企業があり、その先に具体的な課題を持つ製造業がいる。ハードウェア、ミドルウェア、アプリケーション、産業課題が分断されたままでは、個々の技術が優れていても市場価値へ変換されにくい。逆に、このレイヤー間を早い段階から接続できれば、日本独自の量子ソフトウェア・エコシステムを形成できる余地がある。松下氏の「ソフトウェアが強い日本をつくりたい」という言葉を、私は単なる意気込みではなく、産業戦略上の問いとして受け止めた。
量子時代に問われるのは、完成したハードウェアを海外から導入できるかどうかではない。その上で動くソフトウェアを誰が設計し、どの産業課題を標準問題として定義し、どの企業が利用者との接点を押さえるのかである。次のコンピューティング産業で日本が主導権を持てるかどうかは、量子コンピューターが完成した時点で決まるのではない。どの技術に先行投資するのか。どの研究者を活かすのか。どのレイヤーを自社で担い、どこを外部と組むのか。そして、日本の産業課題をどれだけ早くソフトウェアへ変換できるのか。
競争は、すでにその設計段階に入っている。
