量子中継器は誰が買うのか LQUOMが挑む市場のつくり方

2026.10.23

文:大野泰敬(SETAGAYA TECH JUNCTION パーソナリティ)

量子インターネットの実現に向け、量子中継器の要素技術の開発と実証が進んでいる。横浜国立大学発のLQUOMは、量子もつれ光源「LQ-PS-100」を2024年に製品化し、販売実績を公表している。一方、完成した中継器の用途や仕様、導入主体については、技術開発と並行して具体化が進められている。いま売れる部品を持つことと、その先の市場ができていることには距離がある。

この距離をどう縮めるのか、技術の進展をどのように事業化へつなげるのか。「SETAGAYA TECH JUNCTION」で話を聞いたのは、LQUOM株式会社の代表取締役・新関和哉氏と、経営企画に携わる井口大壽氏だ。量子をつくり、保存し、離れた装置へ届ける技術を磨く。その技術で何ができるかを顧客候補と考え、必要な仕様を開発へ戻す。製品を完成させてから市場へ出るという順序では進められない事業の姿が見えてきた。

番組パートナーの株式会社セックからは、量子コンピューター向けソフトウェアの研究開発に取り組む内田諒氏が同席した。通信のノイズをどう扱うか。ハードウェアもソフトウェアも未完成の中で、どう接続するか。ソフトウェア側から見た内田氏の問いが、技術の説明を事業化の条件へと引き寄せた。

必要性は見えていても購入条件は決まっていない

新関氏は本編で、量子中継器の市場形成について、「そこをいかに作っていこうかという対話を重ねていって、チームアップをしていく」と語った。完成した中継器をどんな用途と仕様で使うかを、相手と一緒に形にしていくという話である。

井口氏は、事前回答と原稿確認で市場づくりについて補足した。「市場を作る面白さ、そして難しさとして最初に誰が、どんな仕様で、いくら払って使うのかというところまで市場が完成しているわけではありません」。通信事業者や量子コンピューター企業が将来の重要な相手になることは見えている。だが、その見通しだけで最初の購入者や価格が決まるわけではない。研究機関との共同研究も、技術を検証する関係と製品を買う関係を分けて捉える必要がある。

既存製品なら、顧客の困りごとを聞き、性能や価格を改善する目標を置きやすい。量子中継器では、顧客自身も完成後に何ができるかを描きにくい。分散量子計算やQKDの長距離化など、想定用途自体は存在するが、その用途を実現する装置仕様、技術要件、商用化条件はまだ形成途上にある。井口氏の事前回答では、技術をつくり、潜在顧客と話し、用途を考え、また技術へ戻る往復が続いている。開発と営業を順番に並べるのでなく、対話から次に試す仕様を決めるところが難しい。

新関氏は海外の展示会や顧客候補を訪ね、異なる量子コンピューターを一緒に使えないか、既存の光ファイバーで新しいサービスを検証できないか、といった議論を重ねている。量子光源を使う実証の引き合いも増えており、こうした対話や共同実証を通じて、開発と並行して将来の用途や技術要件を具体化する取り組みが進められている。

光源の販売から完成した中継器へ

取材と公表資料から見る事業の現在地を、ここでは三段階に分けて整理する。同社の公式な売上計画や商用化日程ではなく、実績と開発中のものを見分けるための整理である。

第一段階は部品としての販売

すでに実績があるのは、量子通信に使う光子のペアをつくる光源の販売だ。LQUOMの2025年10月の発表は、LQ-PS-100の製品化と販売を明記している。これは研究開発の途中でも、構成部品を必要とする相手に届けられることを示す。

光源から始める道筋は、NEDOが公表した2023〜2025年のSTSフェーズにも表れている。研究開発テーマは「長距離量子中継システムの開発と市場創出」。光源、メモリ、接続技術を開発するとともに、量子もつれ光源を初期製品として市場調査と顧客開拓を行う計画だった。技術を売れる形にする作業と、利用する相手を探す作業が、初めから並んでいたのである。

第二段階は実際の回線で使うための検証

研究室で動いた光源も、実回線で同じように使えるとは限らない。ソフトバンクが2025年3月に公表した実験では、都心部の商用光ファイバーでLQ-PS-100と浜松ホトニクスの開発中の光子検出器を使い、量子もつれを担う光子の伝送を確認した。複数日の昼夜で同様の結果が得られたという。実際の回線と検出器を組み合わせ、利用環境で何が起きるかを確かめた成果だ。

同じ公表資料にある約32キロの往復回線・数カ月の測定は、古典的なレーザー光で回線の位相変動を調べた別の評価である。量子中継器による32キロの通信を数カ月運用したという実績ではない。回線の揺らぎを知ること、量子光源の光子を届けること、その先で量子状態を中継すること。それぞれの検証を積み上げなければ、顧客が使えるシステムにはならない。

第三段階は用途に合わせて中継システムを成立させる

ここから先には、光源、量子メモリ、制御を統合し、用途ごとに必要な性能を確かめる開発がある。東芝との2026年3月の共同研究契約では、東芝が主に量子鍵配送(QKD)の方式、LQUOMが主に量子中継方式を検討する。2027年3月までに性能と実装の両面から組み合わせの実現性を検討し、長距離量子鍵配送の実現に向けて、量子中継システムとQKDシステムの接続可能性を具体化していく取り組みである。

光源の購入、実証への参加、完成中継器の導入では、相手が対価を払う対象も、判断に必要な証拠も変わる。最初の部品販売を足場に、その次の利用条件を探る。現在の成果と将来の構想をつなぐには、この違いを見失わないことが重要になる。

内田氏の問いが示した使える技術の条件

「通信の場合、ノイズってどうなんですかね?やっぱり課題なんでしょうか?」。内田氏が最初に投げかけたのは、量子コンピューターで熱や振動が計算誤差につながる問題を、通信ではどう扱うかという問いだった。新関氏が挙げたのは光ファイバーの損失である。距離が延びるほど光子が届く確率が低下し、検出器などの雑音の影響が相対的に大きくなるため、届いた信号と検出器の雑音を区別しにくくなる。まず到着したことを捉えられなければ、情報の品質を議論する前提ができない。

内田氏は続けて、通信にも誤り訂正があるのかを聞いた。新関氏はその必要性を認めつつ、「まずはこの量子状態をどうにかして遠方に届けてあげる」と優先順位を示した。実際のファイバーでは損失条件が異なるため、距離の数字だけで難しさは決まらない。新関氏が光源を開発の出発点とするのも、まず量子をつくり、ファイバーやメモリへ受け渡せるようにするためだ。学部から博士課程まで研究してきた専門が、次の開発を可能にする条件に直結している。

量子通信では、通常の通信のように未知の量子状態をコピーして増幅することができない。LQUOMが開発する中継器は、複数の短い区間に用意した量子もつれをつなぎ、離れた地点へその関係を広げる方式を使う。量子もつれは、離れた量子の測定結果に特有の相関が現れる状態だ。光源でそれをつくり、メモリに一時保存し、次の区間とつなぐ。それぞれの部品が、互いに受け渡せる条件で動く必要がある。

同社が持つレーザーの周波数安定化技術も、装置同士を動かす条件をそろえるためのものだ。さらに、つなぐ量子コンピューターの方式によって光の波長が異なるため、通信に適した波長へ変換する技術も必要になる。光源だけの性能を高めれば完成する装置ではない。接続先が変われば調整すべき条件も変わり、顧客との対話が技術開発に戻ってくる。

公開された実験値にも、この途中段階が表れている。2023年の横浜国立大学との共同研究では、10キロの光ファイバーを通した光子の保存・再生を、25の周波数モードを使う条件で測定した。2026年掲載論文の著者公開版では、約3ケルビンに冷却した結晶メモリに約1.1マイクロ秒保存し、再生後にも非古典的な相関があることを示している。完成中継器の商用性能をまとめて保証する数字ではないが、光子の伝送と保存、光源と量子メモリの結合に関する要素技術の検証は着実に進められている。他にも、ソフトバンク社との共同実証においては、都心部の商用ファイバを利用し、量子もつれを担う光子の伝送に成功したことを報告している。

事業上の判断には、どの距離で、どんな品質のもつれを、どれだけの頻度で提供でき、どれほど安定して動くかを同じ条件で確かめる必要がある。今後、要素技術を統合したシステムとして、終端間もつれ生成率や忠実度、連続運転時間などを評価し、実環境での利用に向けた性能と運用条件を明らかにしていくことが重要となる。

何に使うかが決まらなければ比較もできない

量子中継器の必要性も、用途を分けると理解しやすい。QKDは量子の性質を使って暗号鍵を共有する技術であり、すべての方式が量子メモリ型中継器を必要とするわけではない。例えば東芝のTwin Field QKDは、両端から中間の測定点へ光を送り、量子メモリを使わず鍵配送の距離を延ばす。既存のデータ通信を量子計算による解読から守る目的なら、従来の計算機で使う暗号アルゴリズムを更新する耐量子計算機暗号(PQC)という方法もある。

一方、新関氏が描くのは、鍵配送の長距離化だけではない。離れた量子コンピューターや量子センサーをつなぎ、量子状態を共有する基盤だ。複数の量子コンピューターを一つの計算資源として使う分散量子計算や、高精度な時刻を共有する計測などが将来の用途に挙がる。PQCは量子デバイス同士を接続するものではなく、鍵配送の実証だけでこの機能が実現したともいえない。顧客が欲しいのが暗号鍵なのか、量子状態を受け渡す接続なのかで、選ぶ仕組みは変わる。

内田氏は分散量子計算ではソフトウェアによる制御も加わり、セックとLQUOMの扱う領域がつながると見る。そのうえで、「全部未完成なのにみんなパラレルで動いてるって、もの凄いことですよね」と指摘した。量子コンピューター本体、ソフトウェア、通信が並行して開発されるため、完成した相手に後から自社製品を合わせればよいわけではない。この指摘は、市場だけでなく、接続する技術の前提も一緒につくられていることを示している。

実際、2025年2月の7者による共同研究発表では、三菱電機が量子制御システム、LQUOMが量子中継器の開発、ソフトバンクが将来ネットワークの技術要件の明確化などを担う。2030年頃にフィールドネットワーク環境を整え、その後に複数の量子デバイスを接続する実証を目指す計画だ。社名の大きさより、何を持ち寄り、どこで接続を確かめるのかが重要になる。内田氏が示したソフトウェア側の視点は、その境界を具体的に考える手掛かりになる。

研究開発を支える資金と顧客からの売上を分ける

長い開発期間を何で支えるのか。NEDOの公表資料では、LQUOMの2025〜2027年度のディープテック・スタートアップ支援事業(PCAフェーズ)の交付決定額は8.12億円とされている。対象は量子メモリ間のもつれシステム、実際の光ファイバー環境で使う伝送システム、メモリ性能の向上だ。これは研究開発への支援として決定された額であり、すでに全額を受領したことや、顧客への販売による売上を意味しない。

投資家との接点について、井口氏は本編で「件数がまず増えてきているっていうのは、これはまず間違いないです」と述べた。VCに加え、事業会社が投資するCVCからの問い合わせも増えているという。一方、質問の中心は技術の理解、ロードマップ、事業計画で、大きくは変わっていない。投資家の関心が高まる一方で、技術や事業の将来性を理解し、具体的な投資判断につなげていくための対話は引き続き重要となっている。

技術の進展に加えて、各国政府による社会実装への投資も進み、量子技術への関心が高まるなか、長期的な産業形成を支える仕組みづくりも重要な課題となっている。

新関氏が官民の協力を重視するのは、将来の利用価値が見えていても、市場ができる前のリスクをスタートアップ一社では負いきれないと考えるからだ。研究費を得るだけでなく、実証や初期需要を通じて、技術を使う機会を増やす必要がある。誰と何を検証し、どんな結果を次の開発へ戻すのか。資金はその往復を続ける支えであり、商用化の答えそのものではない。

技術を理解する人が増えて初めて産業になる

新関氏が目指すのは、量子をいつでもどこでも使える世界だ。今の通信も、端末をつくる人、ファイバーをつなぐ人、無線を飛ばす人の仕事が積み重なって身近になった。量子でも、つくり、届け、保存する技術を担う人が必要になる。研究者や技術者が専門を生かして働ける産業を広げたいという思いが、LQUOMの創業と事業化を支えている。

井口氏は量子技術を日本の新たな産業として育てていくことへの期待を語った。同時に、その産業を支える個人の理解も重要だと考えている。たとえば将来、一般の人が量子企業の株を買えるようになったとき、「『量子だからなんか凄そう』で買われるのってすごく寂しいので」と語った。技術が何を実現し、社会にどのような価値をもたらすのかを理解したうえで参加できる、健全な市場の形成を望んでいる。技術の中身を伝えることも、産業づくりの一部なのだ。

内田氏は番組の終盤、通信が国力や安全保障に直結する分野であることにも触れ、国内に十分な技術を持つ企業や供給網がある意味を指摘した。さらに、技術への理解が広がり、仲間が増えることへの期待も示した。技術の完成を待つだけでは産業はできない。装置をつくる人、使い方を考える人、それを理解して支える人の接点を増やすことも、事業化の仕事になる。

事業開発への3つの示唆

1 売れているものと次に売るものを分ける

部品の販売、研究実証、完成システムの導入を別々に確認する。販売実績があるなら、対象は何で、誰が何のために買ったのか。実証なら、誰が評価し、何を確かめるのか。完成品の購入へ進む条件は何か。いま得られている収入と将来期待する収入を分けることで、次の顧客との会話で決めるべきことが具体的になる。

2 次の実験を顧客の判断につなげる

性能の数字を多く並べるより、その測定がどの利用条件を確かめたのかを見る。距離、品質、生成率、運転時間は、回線や検出器などの条件とセットで評価する。技術側の次の目標と、顧客が利用を判断する基準をすり合わせれば、実験は研究上の前進に加え、仕様を決めるための材料にもなる。

3 一緒に開発する相手と接続条件を共有する

ハードウェア、ソフトウェア、通信が同時に変わる領域では、担当範囲を決めただけでは連携は続かない。自社が何を受け渡し、相手のどの変更が影響するかを共有する。研究開発費を確保することと併せて、次に誰と何を試すのかを具体化する。大きな将来像を、確認できる一つの接続へ落とし込むことが必要になる。

パーソナリティーが感じたこと——

今回、私が考えたのは、顧客の困りごとから始めるという事業開発の基本を、まだ使い方が定まっていない技術にどう当てはめるかということだった。顧客の答えを待つだけでは、製品はできない。一方、技術だけを完成させても、誰が何に対価を払うかは決まらない。具体的な装置や回線を前に、何ができれば使う意味が生まれるかを一緒に確かめる。その往復が出発点になる。

新関氏は、量子中継器の実現に必要な技術開発と企業間連携を進める。井口氏は、長期的な研究開発を支える資本市場との接続や、将来の産業を理解し支える人を増やすことの重要性を語る。そこへ内田氏が、ソフトウェアも通信も同時に開発される現実を重ねた。私には、三者の視点がつながったところに、この事業の難しさが表れていたように思う。製品と市場を一緒につくるとは、遠い未来を語り続けることではなく、互いの前提を確かめながら次の一歩を決めることなのだ。

番組の終盤には、内田氏と、量子の技術や人に出会える場をつくりたいという話もした。分かりやすく伝えるなら、可能性だけでなく、すでに売れているもの、実験で確かめたこと、これから決めることを同じように伝えたい。専門外の人が問い、技術者が説明し直す。その対話から、新しい利用者や協力者が現れる余地がある。そこまでつなげることを、番組でも大切にしていきたい。

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