医療現場のボトルネックを解消するAI基盤。Ubieが挑む「安全性」と「効率化」の両立  

2026.08.28

医療現場のボトルネックを解消するAI基盤。Ubieが挑む「安全性」と「効率化」の両立 生成AI・AIエージェント・ランダム性の制御——医療情報を最適化するアルゴリズムの社会実装

生成AI・AIエージェント・ランダム性の制御——医療情報を最適化するアルゴリズムの社会実装

文:大野泰敬(「SETAGAYA TECH JUNCTION」パーソナリティ)

量子計算、宇宙開発、次世代医療、生命科学、ロボティクス、高度センシング——新産業の起点となる最先端技術の産業実装を論理的に解剖し、ビジネス創出の知見を発信するテクノロジートーク番組「SETAGAYA TECH JUNCTION」。

今回のテーマは「AIで医療に関する情報への入り口」である。医療現場の過重労働や、生活者の適切な受診行動の遅れといった構造的課題に対し、生成AIを活用した解決策を提示するUbie(ユビー)株式会社の取り組みを紐解く。

スタジオには、Ubie株式会社 Chief AI Officerの風間正博氏を迎えた。番組パートナーは、株式会社セック 開発本部第一開発ユニットにて画像診断AIの研究開発に携わる浦上暉允氏である。医療AIの社会実装において避けて通れない「安全性」の担保と、生成AI特有の「ランダム性」の制御、そして医療従事者とAIの協調モデルについて、技術的・客観的な視点から分析する。

課題構造の定義:医療現場の労働集約性と「遅すぎる受診」

日本の医療システムは、医師や看護師の高度な専門性に依存する一方で、膨大な事務作業による過重労働が常態化している。また、生活者側においても、自身の症状から適切な受診行動を判断できず、手遅れになってから重症化して発見されるケースが存在する。

Ubieの創業の契機もこの課題に起因している。高校の同級生である医師とエンジニアが創業した同社は、研修医時代の経験——数年前から体調不良を抱えながら受診が遅れ、ステージ4のがんとなって発見された患者の事例——から、適切な医療情報へのアクセスの重要性を痛感し、事業をスタートさせた。

この課題に対し、Ubieは2つのアプローチを展開している。

  1. 生活者向け「症状検索エンジン」: 症状を入力することで、適切な受診先や関連する病名・診療科の情報を提示する。

  2. 医療機関向け「業務効率化支援」: 生成AIを活用し、電子カルテへの入力や文書要約などの事務作業を支援する。

ここで重要なのは、Ubieのサービスが「診断」を行う医療機器ではないという明確な線引きである。同社の広報ガイドラインでも規定されている通り、AIが行うのはあくまで症状と病名を結びつける「推測」や「判断」ではなく、適切な受診をサポートするための「情報提供」にとどまる。この法的および倫理的な制約を理解した上で、技術の適用範囲を最適化している点が、ビジネスとしての持続可能性を担保している。

定量的効果として、医療現場への生成AI導入は顕著な結果を示している。風間氏は「紹介状を作成する、あるいは患者さんが退院するときの退院サマリを作成する業務において、今まで数十分かかっていたものが15分や10分へと半減している」と述べており、労働時間の削減のみならず、医療従事者の心理的負担の軽減にも寄与している。

技術的障壁の突破:生成AIの「ランダム性」と安全性の制御

2023年以降の生成AI(LLM)の台頭は、文書を丸ごと入力して処理することを可能にし、医療現場の業務効率化の対象を劇的に広げた。しかし、医療という人命に関わる領域において、生成AI特有の「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」や「ランダム性(同一の入力に対し出力がばらつく現象)」は致命的なリスクとなる。

セックの浦上氏も番組内で、「LLMからさらに『AIエージェント』に進んでいっている中で、医療におけるランダム性がより広くなる懸念」を提起した。

この課題に対し、Ubieは以下のアプローチで制御を試みている。

  • パラメータチューニング: 生成AIのモデル内に存在する「テンパーチャ(Temperature)」と呼ばれるパラメータを小さく設定することで、出力のランダム性を抑え、再現性の高い回答を導出する。

  • プロンプトエンジニアリング: AIへの指示をより詳細かつ具体的に記述することで、動作のブレを最小限にとどめる。

  • Human-in-the-Loop(ヒューマン・イン・ザ・ループ): 最終的な安全性を担保するため、AIの出力をそのまま適用するのではなく、必ず医師がチェックを行う運用フローを構築する。

さらに同社は、個社の取り組みにとどまらず、社会的なルール形成にも関与している。政府の12省庁が連携して設立された「AIセーフティーインスティテュート」において、Ubieはヘルスケア領域のワーキンググループのリーダー企業を務め、2024年4月に公開されたヘルスケア領域のAIガイドラインの策定を取りまとめた。技術開発と並行して、産業全体の安全基準の構築にコミットしている点は高く評価できる。

システムインテグレーターとの視点の交差

今回のパートナーであるセックの浦上氏は、膀胱内視鏡映像において病変位置を特定するセグメンテーション(塗り絵のようなタスク)といった画像診断AIの研究開発に従事している。また、セック自体も、膀胱癌の内視鏡検査システムなどの開発に取り組んでいる。

セックの医療AI分野における技術力は、公的なコンペティションでも高く評価されている。事実、浦上氏が参加したチームは、2026年4月にKaggleで開催された「第7回全国医療AIコンテスト」(テーマ:再生医療分野のデータ解析・予測)において見事優勝を果たした。さらに同年3月の第25回日本再生医療学会総会では、チームを代表して開発したAIアルゴリズムの設計や解析手法に関する発表も行っている。

Kaggleで開催されたデータ分析・AIコンテスト「第7回全国医療AIコンテスト」において優勝し、第25回日本再生医療学会総会(2026年3月19日~20日、神戸国際会議場・神戸国際展示場)で開催された総会での発表の様子。

こうした高度なデータ解析とアルゴリズム実装の客観的な実績を持つセックと、医療現場へのAI実装を進めるUbieの知見は深く共鳴する。テキストやプロンプトを扱うLLMと、画像を入力として扱う画像認識技術はアプローチこそ異なるものの、「最終的な判断は人間が行う(AIは補助的な提示にとどめる)」という点で完全に思想が一致しているからだ。

セックが宇宙機やロボット分野で培ってきた「予測困難な状況下でも確実な処理を行う」リアルタイムソフトウェアの制御技術と、Ubieが取り組む「AIエージェントの暴走を防ぐ制御技術」は、本質的な課題構造が類似している。高い安全性が求められるミッションクリティカルな環境において、AIをいかにして「統制可能なツール」として組み込むかという点で、両者の対話は非常に示唆に富んでいた。

ディープテック実装に向けた展望

風間氏が述べる通り、現在のAIの進化スピードは予測を遥かに超えており、従来人間しかできないと思われていたタスクが次々と代替可能になっている。しかし、その目的は「人間の排除」ではない。

Ubieの新たなミッションは「テクノロジーで医療の願いを解き放つ」である。AIをフル活用して事務作業を極限まで効率化することで、医師や看護師が「本来行うべき患者と向き合う時間」を取り戻すこと。これこそが、医療AIがもたらす最大の価値である。

パーソナリティーが感じたこと——「代替」ではなく「補完」としてのAI

今回の議論を通じて確信したのは、医療AIの成否は「AIの精度」だけで決まるわけではないということだ。医療行為の主体はあくまで人間(医師)であり、AIは情報提供や業務支援という形でその周辺を固めるインフラに過ぎない。

広報ガイドラインで「診断」という言葉の使用を厳しく制限していることからも分かるように、法規制や倫理観とテクノロジーの境界線を冷静に見極めるバランス感覚が、ディープテックの社会実装には不可欠である。

少子高齢化と労働人口の減少により、2030年に向けて医療現場の人的リソースはさらに逼迫する。生成AIやAIエージェントが、医療従事者の重い負担を肩代わりする頼もしい「パートナー」として社会に浸透していく未来が、確かな輪郭を持って見えた時間であった。

番組終了後、風間氏の著書にサインをお願いする浦上氏に照れ笑いする風間氏。終始インタビューはアットホームな感じで行われました。

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